技術だけじゃないと思う。


 前にも述べたように、トロンボーン ジャズはジャズ全体の中で、大きなウエイトを占めていない。好きこのんでトロンボーン ジャズなんか聴くのは、トロンボーン奏者か、トロンボーン演奏経験者だけだ。

 従って、当然の帰結だが、ジャズ トロンボニストを評価するのは主にトロンボニスト達であり、トロンボーンと関わりのない者の発言は少ない(と、いうか、一般の人は残念ながらトロンボーン ジャズに全く興味がないとさえ言える)。

 ピアノやサックスなどの楽器でも、同様の傾向はあるが、トロンボーンに於いてはこの傾向はとりわけ顕著である。

 注意しなければならない。
 playerが、playerを評価する場合、Listner-playerの評価に加え別のファクターが混入する。つまり、Listener's musicianよりもMusician's musicianが高く評価される傾向にあるし、技術偏重主義にも陥りやすいのだ。

 Jay Jay JohnsonとCurtis Fullerが二大トロンボニストだが、楽器を吹かない人での人気の高さが特徴的なのがCurtis Fullerである。

 勿論Curtis Fullerは技術的にも巧者であるが、一般の人気はどうも別の所にあるように思えてならない。

 例えばコルトレーンのアルバム"Blue train" の "moment's notice"という曲でのカーティス・フラーはトロンボーン吹きによる評価を集約していると思う。それに対し、一般リスナーの思うカーティスフラーの良さは例えば "Sonny's crib" の "Come rain, come shine" の朴訥なテーマ、もしくはSavoyの名盤 "Blues-ette" の "Five Spot After Dark" にあるのではないか。



 Curtis Fullerは一般のリスナーに圧倒的に人気の割には、相対的にトロンボーン吹きの間ではそれほど圧倒的な評価ではない。しかしそれとは逆に、一般的には殆ど知名度がないわりにトロンボーン吹きの間で評価が高い場合がある。

Frank Rosolinoなんかそうだ。

 プロミュージシャン、アマチュアトロンボーン吹きの間でRosolinoをお手本にあげる例は実に多い。しかし、だ。ジャズ全体の歴史の中で彼はなにをしたか。westを中心に活動する1 playerにすぎないのではないか?

…僕は、彼の、そういう評価のされ方があんまり好きじゃない。

 というか、「Frank Rosolinoが好きです」といけしゃあしゃあと言っちゃう「ブラバン出身トロンボニスト」が嫌い。

 だって、Rosolino、上手いのは認めるけどジャジーじゃないじゃん。

 個人的にひっかかるのは上行系の跳躍の激しいフレーズの際のアーティキュレーションがトゥクトゥターとなるところで、このシラブルはジャズっぽくないなぁと思えてしまう。

 ただ、最近になって、フランク・ロソリノの良さというか、彼の志向がなんとなくわかるようにもなった。トロンボーンプレイヤーは多かれ少なかれ、他の楽器のジャズ演奏をお手本にしているところがあるのだが、多くのトロンボーンは、楽器の構造が似ているトランペットからフレーズを引き写す場合が多い。だが、彼の場合はどちらかというと、トランペットではなく、サックスをお手本にしたような気がするのである。サックスからのフレーズの転用は、楽器の構造上無理があるので、(僕は考えてみたこともなかった)、しないのだが、彼の場合、技術的に可能だったんではないかという気もするのである。そう思って聴くと、なんとなくロソリノのプレイが許せるようになった。

 ただ、トロンボニストを評価するときに、技術面での比重が高いというのが事実であるし、自分で吹く際にもその辺にとらわれすぎてしまうのも確かである。