Speed

—速いフレーズを吹くには?その2

問い:速いフレーズを吹きたいんですけれども?

 速いフレーズを吹くには?その1の続きです。


 前回述べたのは、

速いフレージングをするためには速い音が吹ける「音の精度」が必要

 ということでした。

 具体的にはどのような練習が必要でしょうか?

 精度は、速くフレーズを吹く練習だけでは身に付きません。F1マシンのエンジンは、別に速く走らせながらビルトアップするわけではない。

 自分の音の精度というものを見つめ直すためには、一つ一つの要素を分解してそれを極端に引き延ばしてみることがよい結果を得られることがあります。一つ一つの動作を、クローズアップして、チェックする。これは一見逆説的なようですが、つまりそのためには動作を極端にゆっくりにしてみるわけです。

 高く飛ぶためには深い井戸に潜らなければいけません。

 

 まぁ、こういったいわゆる「楽器」のアドバイスに関しては、実は僕あんまり自信がないんです。自分は自己流ですし、いわゆるトロンボーンの上手さというのと今ひとつ無縁で育ってきたので。

 プロフェッショナルのジャズ・トロンボニストの中には本当に超絶技巧の方が結構おられますし、来日した際にはあちこちでクリニックも開かれますしね。

 以下は一応個人の意見ということで、あまたある方法論の一つと考えて頂ければ幸いです。


リップスラー

 前回、リップスラーはがむしゃらにやったらがむしゃらにやっただけ伸びるで〜と書いたわけですが、一つだけ注意しておきます。

 速いリップスラーを"んあんあんあ"と超スピードでひたすらやる、という練習にはご用心。これをやるときは、出来るだけ目的とする音のところにぴったり止めるイメージを大切に。

 基礎練とかで妙に張り合ったりする馬鹿がいるじゃないですか(私もそうでしたけれども)。速さばっかり気にして、ラフにやっちゃうと、練習の効用は低くなる。こういう吹き方をしている奴の頭の中は「上へ」と「下へ」しか考えていない。

 これは「精度」というものを考えるためにリップスラーの練習をする、という本来の目的からは反しています。

 音の変わり目を十分に意識すること。

 ゆっくりのリップスラーは非常に効果的です。
 例えばD→Bbを出来るだけゆっくりやってみる。どこかでブリンと音はD→Bbへ変化する訳ですが、そこの継ぎ目をなくす練習というのをしなさい、と僕は先輩に言われました。要するに、階段のように降りるのではなく、なだらかな坂道のように降りてみなさいということ。

 実際やってみると、半音から全音くらいは唇だけで下げることは出来ます。もっと丁寧にやると、スラーの際の"ブリン"という音の変わり目を、ほとんどギャップなしに繋げることができる。リップスラーの不連続線を出来るだけなくす。そして、しっかり目的のBbの音程に着地する練習をしてみること。

 そうやってゆっくり上下動し、変化した後の音が安定するようにイメージしてみる。

 そういったイメージを持った上で、速い練習をすること。


タンギング

 これも速いタンギングの練習ばっかやっても、無駄な力が入るばっかりであんまりよろしくない。

 トゥートゥートゥートゥートゥトゥトゥトゥツツツツツツツツ…というよくあるタンギングの練習は、総じてバカに見えるので注意。

 ロングトーンで音を吹いているのを、長いお豆腐のようにイメージしてみますと、タンギングは、お豆腐を切り分ける包丁のようなものです。

 この包丁の精度が大切で、薄い剃刀のようなものだと、豆腐はキレイに切れますが、例えば棒みたいなもので切り分けると、切り口がぐちゃぐちゃになってしまいますよね。タンギングの際のイメージはそんな感じです。ぶりっ、ぶりっとするのではなく、精度を高めるイメージ。

 音は辛うじて切れてはいるけれども、音がない時間は無限小に近いという風なイメージ。

 Doodle Tonguingという言葉もありますが、あくまで技術的な解法でして、イメージすべきタンギングの原則というのはこのような感じではないかと思います。僕もなんちゃってDoodleです。

音の出だし

 タンギング・リップスラーの精度とも共通するのですが、音の出だしそのものにも注意を払ってやる必要があります。

 先ほど、音を「お豆腐」にかけて話をしたわけですが、まず、それこそお豆腐のように、極力平板に音を出すイメージを持ちましょう。そもそもブラスバンド出身の奏者は、パーンと響かせるような音の出し方に慣れている場合が多いんです。

 例えばロングトーンをしていて、音量を徐々に落としてやります。息の量が徐々に減ってゆき、ある時点で音は出なくなりますね。

 今度はその逆で、無音の状態から、息だけを出し、徐々に息の量を上げてやります。タンギングをしてはいけません。どこかで音が出ます。

 この音の出だしが、「ブリン」とならないように、出来るだけゼロから緩やかに立ち上がるようなイメージで吹いてみること。

 要するにこれは自分の音量の最小単位を測っているわけです。

 最小単位が小さいというのは、例えば写真などでいうと、ピクセルが小さいのと同じです。より細かい、つまり精度がいい。小さい音できちんとフレーズが吹けるというのは非常に大切なことですが、普段曲を吹いている状態ではあまりそれを確認することはできません。こういう練習をしてみて、思った以上に小さい音で音が保てない場合、多くはタンギングをきっかけに音を整えています。この場合、音の精度は低いと申し上げざるを得ませんし、余分な一動作が一音一音に入っているわけで、当然フレーズを吹く時の障害になるでしょう。結果として出音と大脳の間の抵抗感は、かなり大きくなります。


最後にどっちらけ


 ところで、いわゆる「音数」主義、速いフレーズをパラパラと吹くという、スピード偏重に陥るのは実はあまり賢いアプローチではなくて、制限された状況の中で上手に音を選ぶ方が、音楽の本道ではないかと、最近の僕は思っています。自分がそれを達成できていないからこそ、強くそう思うわけです。

 トロンボーンだけみていると、そういう気はあまり起こらないんですが、マイルスのバラードプレイとか、ポール・デスモンドやチェット・ベイカーの枯れ枯れプレイとか、そういうのを聴くと、そういう風に空間にフレーズを充填しなければいけないという強迫観念からは無縁なように思われます。休符を自由自在に操ることが出来ると、演奏の質はぐっと変わります。

 しかし、僕も若い頃はそうは思いませんでしたし、古今東西のジャズ・トロンボニストとも皆多かれ少なかれ、このトロンボーンというフレーズの吹きにくい楽器で、いかにフレーズを吹くかという強迫観念に捕らわれているもんです。これは、永遠のテーマでもあります。

 これは選択肢の問題でもあります。遅いフレーズしか吹けない場合は遅いフレーズしか選択の余地がないわけですが、速いフレーズを吹けるなら、遅いフレーズと速いフレーズを選択することができる。

 ゆっくりなフレーズを吹いていても、速さというものは十分に感じられるものです。(ベースソロなどをイメージしてみて下さい)。

 そうはいっても、トロンボーンにとっての速いフレーズは悪い意味でも、良い意味でも、禁断の果実ですし、若い時は一度は志向するもんです。

 ただ、「上手く吹くこと」と「善く吹くこと」というのは違うという、これは忘れないようにしないといけません。僕なんかはもう、しょっちゅう忘れているんですけれども。


(Feb, 2007初稿)