曲の複雑さの定量的観測:

—背景と方法



問:コンボの曲をやってみようと思います。
ただ、どの曲をしたらいいのか、よくわかりません。
先輩に訊いたら「簡単な曲をやればいいんだヨ!」という答えがかえってきましたが……
 いや、だから、どの曲が簡単なのかがわからないんですってば。


 この質問に対して、
どの曲から始めるべきか?で得られた結論は以下のようなものでした。

難しい曲では: 結論:転調が多い方が複雑である。

 実際のところ、どうでしょうか?

 そこで、理系的手法を用いて、定量的に評価してみました。


背景と目的:

 ジャズ語法の一つであるBop-Idiomでは、曲のトーナリティーは必ずしも重視されない。曲は細分化され、局面におけるコードに属するスケールからフレーズを導き出す手法が用いられている。

 その結果、Bop-Idiomの典型的な演奏は一つの曲内でめまぐるしく転調を繰り返されるスタイルをとる。ジャズの初心者の管楽器奏者は原調もしくは楽器本来の調性であるBbやEbのトーナリティーに束縛されるため、こうしたBop-Idiomに即したアドリブに難渋しがちである。この段階の奏者にとっては、曲内の転調が多すぎる曲ではフレージングできない。

 その曲のコード進行で出現する転調が、現在の技量を超えている場合、その技量段階においては習得するのに多大な時間を要する。従って、曲の構造的な複雑さを評価できることは、時間的効率の悪い練習を避ける意味において望ましいと言える。

 曲の複雑さ=転調の多寡を評価するにおいて、我々は経験的に次の指標を用いている。

 今回の解析の目的はこれらの指標が、実際にどれくらいなのか、そしてそれが本当に曲の難易度と相関しているかどうかを定量的に示すことである。

対象:

 スタンダードブックに収載されている長調(メジャー)のスタンダード曲18曲を対象とした。

 対象の選択理由は、筆者がここ半年間のジャムセッションにて遭遇した曲である。地域による偏りはあるかもしれないが、まず好んで演奏されるスタンダード曲と判断した。

My little suede shoes
Moritat
The Days of wine and roses
But Not For Me
Another you
I'll Remember April
All the things You Are
All of Me
If I were a bell
Fallin' Love with Love
Confirmation
Just Friends
It could happen to you
Candy
Green Dolphin
Wave
Body and Soul
Greater Love

 コード進行、メロディーは『スタンダード・ブック』伊藤伸吾本(ISBN:978-4886396402)を用いた。

 長調の曲のみを選んだ理由は、マイナースケールには幾つかの種類があり(ナチュラル/ハーモニック/メロディック・マイナー・スケール)、ダイアトニックの判断が複雑になる可能性があるからである。同様の理由で、ブルースも除外した(Ⅰ7がトニックであるが、そもそも楽理的にはダイアトニック・スケールとは言えないため)


 比較的コードが単純な曲の対照群として、童謡歌集より以下の曲をピックアップした。

どんぐりころころ
靴がなる
背比べ
あめふり
シャボン玉
夕焼けこやけ

方法:

 全体におけるノン・ダイアトニックな要素の比率NDR(Non-Diatonic Ratio)を算出した。

NDRC: Non-Diatonic Ratio of Chords
NDRT: Non-Diatonic Ratio of Tones

NDRCとNDRTは次の方法で算出した。

NDRC:一コーラスの小節数nに対し、Non-Diatonic chordが支配している領域の小節数aとすれば、
NDRC = a/n

NDRT:一コーラスに含まれる音符の数mに対し、Non-Diatonic toneの数bとすれば、
NDRT = b/n

タイでつながれている音は一つとしてカウントする。また、一小節に複数のコードが記載されている場合、一小節=1として分割した。

Diatonic Chord

 例えばKey in Cなら

Cmaj7, Dm7, Em7, Fmaj7, G7, Am7 , Bm7-5

 をDiatonic Chordと判断した。

 但し、例えばDmとのみ書かれているものは、そのコードの構成音がすべてDiatonicであることからDiatonic Chordと判断した。同様の理由でDm9もこの場合Diatonic Chordに含めた。

 SDMであるⅣmはジャズ語法ではIn Tonalと判定されるが、今回の解析ではNon-Diatonic Chordとした。

Diatonic Tone

 メロディーに含まれる音符のうち、原調のメジャースケールの音でないものをNon-Diatonicとした。臨時記号の付いているものが対象となるが、一小節内で変化した記号を元に戻すために付けられたものはDiatonicとしている。

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