曲の複雑さの定量的観測:

—結果と考察

背景、方法/目的に関してはその1を参照。

結果と考察

結果は下表の如くであった。

曲名 1chorusの
小節数
(n)
1chorusの
音符数
(m)
Non-diatonic chord
(a)
Non-diatonic tone
(b)
NDRC
(NDコード比)
NDRT
(ND音符比)
All of Me 32 60 14 3 44% 5%
All the things You Are 36 69 17 15 47% 22%
Another you 32 88 13 1 41% 1%
Body and Soul 32 123 13.25 33 41% 27%
But Not For Me 32 88 10.5 0 33% 0%
Candy 32 96 13 12 41% 13%
Confirmation 32 179 20 41 63% 23%
Fallin' Love with Love 32 64 4 0 13% 0%
Greater Love 32 87 13 11 41% 13%
Green Dolphin 32 57 15 14 47% 25%
If I were a bell 32 97 8 6 25% 6%
I'll Remember April 48 87 22 9 46% 10%
It could happen to you 32 67 10 4 31% 6%
Just Friends 32 74 12 4 38% 5%
Moritat 16 30 2 0 13% 0%
My little suede shoes 32 163 2 3 6% 2%
The Days of wine and roses 32 72 11 1 34% 1%
Wave 40 128 32.5 26 81% 20%
コントロール群の結果
どんぐりころころ 8 44 0 0 0% 0%
靴がなる 16 61 0 0 0% 0%
背比べ 24 78 0.33 0 1% 0%
あめふり 12 37 0 0 0% 0%
シャボン玉 12 43 0 0 0% 0%
夕焼けこやけ 16 51 0.5 0 3% 0%

NDRT =Non-diatonic ratio of tonesについて

各曲のNDRT
0% Fallin' Love with Love
0% Moritat
0% But Not For Me
1% Another you
1% The Days of wine and roses
2% My little suede shoes
5% All of Me
5% Just Friends
6% It could happen to you
6% If I were a bell
10% I'll Remember April
13% Candy
13% Greater Love
20% Wave
22% All the things You Are
23% Confirmation
25% Green Dolphin
27% Body and Soul
NDRT average = 9.9% ± 9.4% (5-15%; 95%CI)

 NDRT—メロディーの中の臨時記号つき音符の比率—の平均は約10%である。各曲をNDRTの順に並べ替えたものを右に示す。ちなみに対照群はすべて0%であった。

 右表をみる限り、NDRTの数値と曲の難易度は相関している傾向があるようだ。NDRTが5%未満の曲には総じて転調が殆どない一方、例えばAABA形式の曲でBメロに転調を含むような場合、NDRTは顕著に跳ね上がり、20%以上を示す。

 例外もある。例えば"My Little Suede Shoes","There is no Greater love"はAABA形式ではあるが、いずれもNDRT比率はそれほど高くない。"My little Suede Shoes"ではBメロでAbへ転調しているが、これは主調Ebのサブドミナントと解釈することができ、メロディー的にはEbの調性内に留まる(厳密な意味での転調ではない)。Greater LoveはBメロでGmへ転調している。これもBbの関係調であり、メジャー・マイナーの変化はあるものの、調号的には大きな変化ではない。

 Confirmationは今回採択した唯一のBop-Tuneであるが(数えるのが大変なんですよ、音符を)、経過音、装飾音としての臨時記号が多くみられたため、数値が高値となった。(構造的にはCandyと同レベルの複雑さではないかと思う)。

 ちなみに、NDRTのとりうる値は0%から、せいぜい45%までと考えられる。一オクターブ12音のうち、メジャースケールの構成音は7音であるから、つまりNon-diatonic toneは5/12の確率で存在する。

 全くランダムな音列が無限にあると仮定すればNDRTは5/12 = 42%へ収束する。即ち42%がNDRTの理論的極大値で、この値にある時エントロピーが最大となる。

 逆に、NDRTが42%を超えている場合は、それよりもNDRTの低い調が少なくとも一つは存在することを意味する。その曲に、より適切な主調を設定できるかもしれない。

NDRC=Non-diatonic Ratio of Chordsについて

各曲のNDRC
6% My little suede shoes
13% Fallin' Love with Love
13% Moritat
25% If I were a bell
31% It could happen to you
33% But Not For Me
34% The Days of wine and roses
38% Just Friends
41% Another you
41% Candy
41% Greater Love
41% Body and Soul
44% All of Me
46% I'll Remember April
47% Green Dolphin
47% All the things You Are
63% Confirmation
81% Wave
NDRC average = 38% ± 17% (29.1-46.7%; 95%CI)

NDRC、つまりダイアトニック・コードではない部分の比率は平均すると40%であった。NDRTと同様、各曲をNDRCの順に並べ替えたものを示す。対照群の平均は0.7%であり、非常に低い。

 NDRTと同様の傾向は見られる。多くの曲がひしめく30-50%の領域はともかく、NDRCが30%以下の曲ではやはり転調が少なく、単純なコードの構造をしているし、その逆にNDRCが50%以上のものは転調が多い傾向にある。

 NDRTとの相違点は、多くの曲が30%-50%のセグメントにおさまっていることである。それゆえに明らかに多様性の幅はNDRCに比して低い。(標準偏差はNDRT vs. NDRC: 9.4%, 17%)そして、この30%-50%の分位に関しては必ずしも数値と難易度は相関しない。

NDRCとNDRTの関係

 NDRC/NDRTのそれぞれが曲の難易度のゆるやかな指標になることを示した。さて、それでは、NDRCとNDRTの両者の関係はどうだろうか?このいずれもが曲の難易度に関与しているのであろうか?

 右は、サンプルである18曲をNDRCとNDRTの両者の関係でプロットしたグラフである。赤い点は対照である童謡群を示している。

 全体としてはこのグラフ上で「/」という形に添って点が分布している。つまりNDRCとNDRTの両者にはゆるやかな正の相関関係がある(相関係数 (r=0.688,p<0.0004)。

 NDRCが高いがNDRTが低い、もしくはその逆である曲は少ない。

以上より、

 ゆえに、曲の簡単さ/複雑さはNDRC、NDRTのいずれか、または両方を用いて判別できることが示された。

曲の「難易度」を分類出来るか?

 さて、右図の、/型に分布している点の集合には不連続性があり、大まかに3つのグループにわけられるのがおわかりだろうか(右図参照)。


 クラスター分析(似た傾向を持つグループをまとめる多変量解析法の一つ)を行うと、やはり目視での結果と同様、3つのグループにわけることが可能であった。

 これらの結果を表にすると、以下のようになる。

Fallin' Love with Love
Moritat
My little suede shoes
All of Me
Another you
But Not For Me
Candy
Greater Love
If I were a bell
I'll Remember April
It could happen to you
Just Friends
The Days of wine and roses
All the things You Are
Body and Soul
Confirmation
Green Dolphin
Wave

 赤が比較的易しいグループ(対照群である童謡もここに含まれる)、青が比較的難しいグループ、緑はその中間ということになる。


 

 さて、こういう数量的な解析とは別に、実は自分の経験で曲の構成の複雑さを判定していた。下表は、大雑把にA,B,Cの3つに判定し分類したものである。

A(比較的単純な構造) B(ふつう) C(やや複雑)
Fallin' Love with Love
Moritat
My little suede shoes
All of Me
Another you
But Not For Me
Candy
Confirmation
Greater Love
If I were a bell
It could happen to you
Just Friends
The Days of wine and roses
All the things You Are
Body and Soul
Green Dolphin
I'll Remember April
Wave

 二曲を除いて、先ほどの数量的な解析によって導き出された曲の分類と一致している。NDRTとNDRCを用いた分類は、経験的に判断した曲の難易度の判定と結構合致しているのだ。

 従って、NDRTとNDRCを用いた分類には一定の妥当性があると考えられた。

 ちなみに、不一致であった曲は、
・Confirmation(B群)
・I'll remember April(C群)
である。

 Confirmationは過小評価をしていたことになる。その理由として、私はConfirmationが好きで以前からよく練習していて、吹き慣れているので点数が甘くなった可能性が高い。臨時記号は多いが、装飾音符などでもあることも影響しているかもしれない。今回とりあげた曲の中でBop-Tuneはこれだけなのだが、Bopはメロディーに含まれてる臨時記号が多いので、再考を要する可能性がある。

 反対にI'll remember Aprilは過大評価になった。これは自分の苦手意識の反映ゆえと思われる。またI'll remember AprilはKey in Gで他の曲に比べて調性に馴染みが薄いこと、速いテンポで演奏されることなど、今回解析の俎上にのせた項目以外のファクターが作用した可能性はある。

 

 NDRT、NDRTのそれぞれは曲の複雑さと相関していることを示したわけだが、それぞれ、NDRTもしくはNDRC単独で複雑さを推定できるだろうか?

 プロットグラフのx方向、つまりNDRTに着目すると、カテゴリーBとCの判別は容易である。しかしカテゴリーBとAは、NDRTをみる限り区別できない。

 同様に、プロットグラフのy方向、つまりNDRCに着目すると、カテゴリーAとBの判別は容易である。しかしカテゴリーBとCは、NDRCでは区別できない。

 NDRTは難しい曲は区別できるが、簡単な曲を区別できない。逆にNDRCはとりわけ易しい曲は区別できるが、中程度の曲と難しい曲を区別しにくいと言える。

 したがって、NDRT、NDRC単独で評価を行う場合、勿論曲の複雑さの指標にはなりうるが、両者を併用するよりも若干精度が低くなる可能性がある。

 

 このA/B/Cの3群を実用的な3分類と仮定して、NDRC・NDRTの数値によって3群を判別することを試みてみよう。

 必要なのはカットオフラインの決定である。

仮にNDRCを20%、NDRTを20%でカットオフラインを考えてやると、これらの18曲を上述の3群にわけることができる。

  NDRT
20%未満 20%以上
NDRC 20%未満 カテゴリーA:(simple)
My little suede shoes
Moritat
Fallin' Love with Love
童謡
 
20%以上 カテゴリーB:(medium)
If I were a bell
It could happen to you
But Not For Me
Candy
The Days of wine and roses
Just Friends
Another you
All of Me
I'll Remember April
Greater Love
カテゴリーC:(complicated)
All the things You Are
Body and Soul
Confirmation
Green Dolphin
Wave

まとめ


 今回の検討は、「曲の複雑さ」という非定量的な評価をなんとかして定量的に評価できないか、というところから発せられたものです。NDRCとNDRTは曲の複雑さの指標になりうるのではないかと思います。

 実は当初の予想では、NDRC=コード比が、よりDiatonicityの判別として正確なのではないかと予想していました。が、蓋をあけてみると簡便なはずのNDRT=メロディー比の方がより経験的な感覚に合致していたと思います。NDRCは予想していたより、使えなかった。

 一体なぜでしょうか?

NDRCが「使えない」のはなぜか?

 おそらくNDRC最大の問題は、転調の「量」を測定できるけれど「質」を評価できなかったことです。

 例えば、But Not For Meの一段目のコードは F7-Bb7-Ebと、Secondary Dominantのコード進行が書かれています。こういう、F7は確かにNon-Diatonicですが、本質的な転調とは言えない。NDRCはこういうコードも、例えばBody and Soulのサビ、Db→Dへの転調も十把一絡げにNon-Diatonicと判定してしまうのです。

 一方、メロディーに関する検討(NDRT)では、こういう転調の質的変化もおおまかに反映してくれるのです。主調から外れれば外れる程、メロディーのスケールのずれも大きくなるからです。結果的に、ずれが大きければ用量依存的にNDRTも増加することになります。

 例えば歌ものの四段目、例えばBut Not For Meでいえば、EbのキーでBbスケールになるところありますね(| Cm | F7 | Fm7 | Bb7 |)。ああいう部分でのメロディーはBbメジャースケールだとして7つ中6つの音がDiatonic Toneです。一方Green Dolphin St.の四段目などはGbへ転調していますが、これはEbからみると、7つ中3つの音がNon-Diatonicになっているわけで、当然メロディーの中のNon-Diatonic Toneの比率も上がるというわけ。

 勿論、メロディーはドレミファソラシドすべての音を均等に含んでいるわけではないので、偏在により数値が上下する可能性がありますが、平均すれば十分スケールのNon-Diatonicityを推定することができます。それゆえに曲の難易度と大体線形に分布しています。

 

 一方NDRCでは多くの曲が30-50%の領域に固まっており、この周辺ではあまり線形の分布をしていません。

 これはBop-Idiomの本質がNon-Diatonicの重視にあるからだと僕は思います。

 例えばAnother youです。 (NDRT=1%、NDRC=41%)

 メロディーラインだけをみると強い転調がみられません。Eb一発といっていい曲です。但し、コードではNDRC41%ですからNon-Diatonic Chordが少なくありません。このからくりは、Another Youの場合、段の後半部(3,4小節や7,8小節目など)でメロディーが休符になっていますが、この部分がことごとくNon-Diatonicのコード進行なんですね。これなら、メロディーに影響せずにコード進行が複雑になるわけです。

 カテゴリーB(中難度)の曲に共通する特徴ですがノン・ダイアトニックコードの場所はBop的に吹きやすいように意図的に増量されているんです。

 つまりNDRCが30-50%の領域に片寄っているのは結果ではなく、そもそもNDRCが30-50%であると吹きやすいために、この範囲でコード付けを行っている結果ではないかと思います。

 

 Dominant Motionによるコード進行も転調とカウントされてしまうのも問題の一つです。

 例えばConfirmationのAメロ。単純化するとTonal Fを中心として転調らしい転調はありませんが、細かいII-V進行を繰り返しているので今回の検討では多くがNon-Diatonicと算定されてしまいました。

 ジャズのコード進行は主調に対してⅢm7-5-Ⅵ7-Ⅱm7-Ⅴ7というケーデンスが頻繁に使われます。このⅢm7-5-Ⅵ7は、DiatonicかNon-Diatonicか、と言われればNon-Diatonicなんですが、頻度的にはむしろDiatonicであるⅢm7やⅥm7を凌ぎます。

 Bop-Idiomでは、Diatonicかどうかということよりも、Dominant Motionのベクトルの方が強い。

 従って今回はTonalに属するコードとしてDiatonic ChordをTonalに属するコードとして計算しましたが、例えばKey in Fであれば、Fmaj7, Bbmaj7, Gm7, C7, Am7(-5), D7, Bbm7をF familial Chordとして算定したら、また違った結果がでてくるかもしれません。

 計算が煩雑になるので今回は上述の計算をしましたが、今後はこうした検討も行ってみたいところです。

 

その他

 ちなみに、今回出典とした伊藤版『スタンダード・ブック』のコードに疑義を唱える意見もあります(確かに大胆な単純化は随所にみられます)。

 確かにコード進行の書き方は本によって随分クセが異なります。

 ゆえに今回の検討はこの伊藤本の枠内でのみ成立するもので、他の曲を他のコードブックのコード進行から引っ張ってきて数値を比較することは正確ではないと思われます。

 しかし、メロディーに関してはどのスタンダードブックでも大きな変化はないはずです。従ってNDRTには普遍性がありますが、NDRCにはそうした普遍性はありません。

 逆に、それぞれの本によるNDRCの違いを評価することによって、本によるコードの書き方の複雑さが評価できるかもしれません。(勿論、その本の中ではコードの書き方がある程度統一されているという前提条件が必要になりますが)

 

 また、今回の検討は、あくまで曲のコード進行的な複雑さのみを検討項目としました。実際には曲の難しさというと、テンポとか、リズムのスタイルとか、色々な要素が絡んで決定します。

 元のキーの問題もあります。完璧な相対音感を持っている人間ならいざ知らず、やはり得意なキーとそうでないキーというのはあります。管楽器奏者はFからEbあたりまでを得意とし、他のキーを避ける傾向にあります。今回の検討でも僕の判定でI'll remember Aprilを過大評価したのは、キーの問題でした。

 逆にこれも、それぞれの個人がどれだけ転調に強いかを評価できる可能性もあります。元々の曲のキーのやりにくさ+その曲の複雑さで、その個人のあるキーにおける曲のやりにくさの指標になる、という風な。

 

 また、今回の検討はいわゆるMajor ScaleがDiatonic Noteとなるような曲しか採り上げていません。

 全スタンダード曲の半分はMinorですが、Minorの場合は、いわゆる元になるスケールの解釈が難しいです。Melodic Minor/Harmonic Minor/Natural Minorの音列の音は異なりますから、何を基準にすればいいのかわからないので、今回は検討から外しています。

 おそらくMajorの曲と同じやり方をした場合、Minorの曲では少し数値が高くなると思います。その分をMinor曲の固有値として引けばいいのかもしれません。

 Bluesの算定も難しい問題です。まずTonic7の問題がある。そしてBlue Note Scaleも大きな問題となります。例えば今回の算定方法を使えば、Cool Struttin'は非常にNDRC、NDRT共に高い、難曲ということになってしまいます。

 これは前提とするScale、コードが違うためで、Bluesの場合、元になるスケール・音列を再検討する必要があるでしょう。

(Jul,2007 初稿)