コードの展開と圧縮:

—アドリブ技法について その1

—フロントマンにとっての泥縄式コード理解法


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 コードの展開と圧縮 (その1)
 ツーファイブ(その2)
 ツーファイブでの吹き方 (その3)
 ツーファイブの吹き方—マイナー、オルタード(その4)
 曲中でのツーファイブの吹き方(その5)

問:アドリブが吹きたくていろいろやっているんですが、今ひとつです。コードが、よくわからないんです。

 うん、僕もコードは、よくわかりません。
 終わり。

 うそ。

 コード、と一括りにするのは大変危険なことです。なぜなら現在の商業音楽の大多数はコードを元に構築されているわけで、いざコードについて話をする場合、そういったすべてのジャンルを俯瞰した上で語らなければいけない。すくなくとも僕にとってはそれは不可能なことです。

 しかしこの質問は、ソロを取る際に、ということなので、適用する範囲をぐーんと限定します。とりあえずジャズのアドリブを吹くためのとりあえずのコード進行の理解ということなら僕にもなんとか答えられるかもしれません。

 

 自分も大学生の頃、アドリブで悩んでおり、自分よりもうまい人を片っ端からつかまえて、どうやってアドリブするのかを聞き回っていたことがありました。答えは人によって千差万別でした。人によって頭の中のプロセスは様々ですし、逆に、そうした考え方の違いが、逆に個々人の出音の個性となっている可能性さえあります。

 ですから、ここに書いてあるのは一応自分の場合の考え方で、これが正しいとか、そうやるべきとか、そういうものではないということを補足しておきます。

 絶対的に正しい唯一の解答というのは、多分ありません。

 ファッションなどと同じです。正しいファッション?間違ったファッション?果たしてそのような絶対的なものが存在しているのか、はなはだ疑問ですよね。現在のファッションが、昔の厳密なファッション語法では禁則と見なされるようなことをやっていたり、なんていうのは珍しい話ではありません。不正解に限りなく近い領域から、常に次世代の覇者は現れる。

 

 とはいえ、間違いと判断される場合もあります。これは使っていい音、いけない音とは?で触れたことと似ていますが、簡単に言えば、既存のレジームに対抗する意志なく既存のレジームに抵触した場合、「間違い」と判断される。

 革命者と無法者を区別できるのは本人の意志による、というわけ。


スケール!?モード!? 全部忘れろッ!!


 「ジャズ理論講座」的なものは、ネットでも書籍でも、探せばいくらでも見つかります。アプローチは様々ですが、「まず」楽典的な知識の羅列があります。スケールとか、モードとかそういうものの説明とかね。

 和声学の統一理論として、いわゆるバークリー・メソッドがあります。この膨大な理論体系は、殆どすべてのジャンルを包含しうる強力なものです。現在いわゆる「理論」と称されるもののほとんどはこのバークリーメソッドに依拠しています。

 バークリーメソッドの神髄である、これらのスケールやモードを用いた理論が有用かというと、そりゃあ有用です。確かにアベイラブル・スケールは包含的にかつ無理なくコードの概念を説明出来るわけで、非常に懐の広い理論であることは間違いない。

 但し、あまりに一般化させすぎた理論は、器が大きすぎて逆に小さなものを扱いづらいんですよね。幼稚園の遠足の準備に、アメリカ海兵隊の標準兵装を用意するようなものです。

 

 是非強調しておきたいことが二つあります。

 一つは我々はフロントマンで単音楽器に過ぎない、ということ。

 我々はコードをもとにフレージングをしたりするわけですが、そのフレージングとコードは当然一対一に対応できるものではありません。ゆえに、そこには相当なる自由(いいかえると、隔たり)があるということです。少なくとも作曲理論や、ピアノのバッキング技法に要するコード理論とフロントマンに要求されるコード理論はかなり違ってしかるべきだと僕は思っています。

 もう一つは、私、またはあなたが今やりたいと思っている音楽は何かということ。

 現在スタンダードになっている、いわゆるバークリー・メソッドはモードも含めたその後の発展した形のスタイルをも包括的に説明できる理論ですが、逆にいうと、バップ「のための」理論ではない。

 バップというのは、現在の発展したバークリー・メソッドよりも歴史的に前方に位置しています。バップを超克するために作られた理論が、現在のバークリー理論の中核に在している。

 従ってバップを理解するためにバークリー・メソッドを用いることは当然可能ではありますが、ではバークリーメソッドを完全に理解した人間から流れてくるフレーズがバップであるかというと、これは完全にNoでしょう。

 1960年までのビバップ・もしくはハードバップのサウンドの作り手の頭の中は、決して現在のバークリー・メソッドのような形で整理されてはいなかった、という事実をよく記銘しておくべきです。

 (もうちょっと詳しく言うと、ドミナント・モーションを主軸にしたコード・ケーデンスに関してはすでに現在ある形にまで達していたと思いますが、Available Note Scaleに関してはそれほど整理されていなかったはずです)。

 

 と、いうわけで、スケールとか、モードとの理解を一番に優先させる必要はありません。理解しないと次のステップに進めないなんてことはさらさら無いわけです。

 さらに、正直に言っちゃうと、トロンボニストにとって、たとえ上達した後も、スケールやモードを使う理論が役に立つ機会は訪れないかもしれない。

 例えばギターのような転調の容易な楽器では「スケールを覚える」という言葉に現実味はある。スケールに伴う運指は転調しても同じだからです。一旦覚えたスケールからフレーズを導くことは確かに難しくはない。だがトロンボーンの場合、スケールを覚えたからといって、それを発露しやすい楽器の構造ではないんです。モードも、トロンボーンの皮膚感覚からはやや解離しています。

 というわけで始めるに際して、スケールとモードは、全部忘れて構いません。○●アン、スケール、必要ありません。

 但し、コードに関してはつきあっていく覚悟を決めた方がいい。コードは、さすがにジャズという音楽の枠組みでくくられる音楽をやる以上、目にしないことはないと思います。とりあえず、あるコードを出してきた時に、そのコードの構成音がわかる、くらいの予備知識があると有り難いですね。

 

 念のため補足しておきますが、フロントマンはスケール・モードの理論を一切知らなくてよいと言っているわけではありません。"ハウ・トゥ・インプロバイズ"、"ハウ・トゥ・コンプ"の著者であり、バークリーの講師でもあるハル・クルックは、トロンボーン奏者です。ハウ・トゥ・コンプなんて、ピアノバッキングのための方法論ですからね。そんなの書いてる人がトロンボーン奏者なんですよ。


コードの圧縮/展開

 ブルース形式というのがあります。
 ありますよね。

 多くはワンコーラス12小節で、ロックからR&B、ブルース、ジャズ問わず広く演奏される曲の一形式なんですが、ジャズでは管楽器がBb/Eb管であることから、フラットの調(FかBb)が好んで演奏されます。ここではFのキーを示します。


(A)よく用いられるコード進行

 これが、ジャズ(もう少し厳密に言うと、バップ)で用いられることの多いコード進行の例です。アドリブをする際には、大体こんな感じのコード進行を出発点にして演奏されます。

 しかし、本来のブルースのコードはもっと原始的なものでした。最もプリミティブな形式を示すとこのようになります。


(B)最も単純な形

 はい、すごく単純ですね。今でも、リズム&ブルースで演奏されるブルース(正確に言うとブルーズ)はこんな感じです。

 ここまで単純化しちゃうと、コードの機能もよくわかりますね。色分けして示すと、このようになります。ブルースは曲の間で調性(トーナル)が変わらないので、すべて調性をFとするT(トニック)、SD(サブドミナント)とD(ドミナント)ということになります。


(B')機能で色分けしてみた

 で、先に示したやや複雑なコード(A)においても、このコードの機能というのは保たれています。つまりこの大雑把に色分けした部分は、複雑に書かれたコードにおいても、これらの機能を有しているとイメージしやすいかと思います。


 一般にジャズではコード進行を複雑化する傾向があります。

 しかし、複雑なコードの基層には、単純なコード進行が存在しています。複雑に見えるコード進行も、殆どは一皮むいてやれば、単純で大まかな流れが存在するということ。

 逆にいうと、複雑なレベルのコード進行は、単純なコード進行から再現しうることができます。これはもちろん、ブルース進行に限らずすべての曲で言えることです。

 コードの複雑化、単純化には一定のルールがあります。

 この圧縮/展開の法則さえわかっていれば、逆に言うと、コードを、スタンダードブックに載っている形そのままで記憶する必要はないわけです。

 優れたミュージシャンの頭の中を割ってみれば、おそらくブルースなどは、先ほど挙げた簡単なレベル(B')のような形で記憶されているはずです。


話の筋書き


 こうした圧縮/展開は、言葉の世界で考えてみるとよりわかりやすいです。

 例えば、『ロミオとジュリエット』という話。

 この話を他の人に伝えたい時に、どうします?

 ごっつう簡単に言うと

「男と女がやな、出会って、愛し合うけどいろいろ揉めて心中する話しや」

という風になります。このレベルでいうと『タイタニック』も「船が沈む話や」となってしまいます。細かいディテールはともかく、ま、正しい要約ではあります。

 もう少し詳しくすると

「男と女がおんねんけどもな、その親同士がごっつ仲悪いねん。しかし二人はひょんな事から接近し、愛し合ってしまう。こっそり結婚するんやけど、親同士の揉め事がひどくなって大変なんや。でもくっつきたい二人は一計を案じて、自殺に見せかけて駆け落ちをしようとするんやけど、手違いでホンマに心中になってしまうんやな。親たちは後悔するけど後の祭り、という悲劇や。」

 となるでしょうか。

 で、さらにもう一段階勧めて、文学作品としてきちんとあらすじを紹介すると、このようになります。

 舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。そこではモンタギュー家とキャピュレット家が、血で血を洗う抗争を繰り返している。

 モンタギューの一人息子ロミオは、友人らと共に、キャピュレット家のパーティに紛れ込む。そこでロミオは、キャピュレットの一人娘ジュリエットに出会い、たちまち二人は恋におちる。二人は修道僧ロレンスの元で秘かに結婚。ロレンスは二人の結婚が両家の争いに終止符を打つことを期待する。

 しかし結婚の直後、ロミオは街頭での争いに巻き込まれ、親友マキューシオを殺された仕返しにキャピュレット夫人の甥であるティボルトを殺してしまう。ヴェローナの大公エスカラスは、ロミオを追放の罪に処する。一方、キャピュレットは、悲しみにくれるジュリエットに大公の親戚であるパリスと結婚することを命じる。

 ジュリエットは、ロレンスに助けを求める。ジュリエットをロミオに添わせるべく、仮死の毒を使った計略を立てるロレンス。しかしこの計画は追放されていたロミオにうまく伝わらず、ジュリエットが死んだと思ったロミオは彼女の墓で毒を飲んで死に、その直後に仮死状態から目覚めたジュリエットもロミオの短剣で後を追う。事の真相を知った両家は、ついに和解する。

 最初のが32字、次が176字、最後のきちんとした説明が 大体500字です。

 大雑把に説明するのと、きちんと詳しく述べるのとでは、当然密度は異なるわけですが、あらすじを語る上で、ポイントになる部分、部分がありますね。字数を減らしても残ってくる部分が物語の進行としては外せない重要なポイントです。

 曲の流れというのも、この言葉の世界と大体似ています。ドラマの基層として大まかな流れがあり、これは、ディテールを付け加えても優先されています。そしてそれを保った上で細かいディテールまで書き込む場合もあるということです。

 コードの「圧縮」と「展開」、このイメージをまず持ちましょう。