ブラバン出身プチ侍の行く末(その2)

問い:中学・高校はブラスバンドでした。大学に入ってジャズがしたくてジャズのクラブに入りましたが、アドリブがよくわかりません。
 どうしたらいいでしょうか?
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 続きです。

 アドリブをするにはどうしたらいいかという話です。
 本心ではアドリブをしたくないという人は滅多にいないに関わらず、基本的にアドリブをするトロンボーンの人はそれほど多くありません。なぜならトロンボーンの「経験者」はアドリブしなくても十分居場所があり、クラブ生活を送れてしまうという事実があるからです。またトロンボーンがアドリブをしても、それほど(サックスやトランペットの人よりは)喜ばれない、という現実もあります。

 人は、自分が必要とされる場所でこそ頑張りたいと思うものです。アドリブはトロンボニストが必要とされている場所に於いて必須のチケットでないことが多いのであります。残念ながら。


 アドリブに関して、だから僕はあえて薦めはしません。労多くして、功少なしという言葉も、あながち間違いではないとも思います。

 しかし、こうした現状だからこそ、トロンボーンのアドリブというものには希少価値があるのです。学生の時も、社会人になっても、アドリブの効くトロンボーンはどこにだって重宝されます。セッションに平気で出掛けるトロンボーンになるのは少数派ですが、あなたもそういう人になってはみませんか? やはりジャズをやるんだったらそうしたアドリブの一つも出来た方がかっちょいいではありませんか。


 実は僕こそがこうした「経験者」トロンボーンの典型的な男でした。しかもピアノなどの経験もなく、ヘ音記号しか読めないし、音感もないし、まったくアドリブに対してプラス要素のない状態でした。当然才能もありません。

 アドリブが出来るようになるまでに、僕はそれなりに苦労をしました。その過程でいろいろ勉強もしましたし、逆にどういう練習がジャズに必要かということを学びました。音楽的才能に関してはまったく冴えない私ですが、客観的に分析し言語化することに関してはそれなりの能力を有していると自分で思っている私は、だから逆に一年生で入ってくるトロンボーン「経験者」が、アドリブをするためにどのような練習をするべきかということも他の人に比べるとわかっているつもりです。


 少なくとも、練習方法を変えることが必要です。変えないまでも、プラスαでバップイディオムに必要なトレーニングをするべきでしょう。

 日本のブラスバンド部の練習方法というのは驚くほど均質化されています。これは若年の段階からとりあえずアンサンブルに参加させることを主目標に練習させるからです。

 これは近代教育の基本的なコンセプトであるのですが、軍隊教育とも実は密接な関係を有しています。基本的にブラスバンドの教育とは量産型志向であって、プロトタイプ志向ではないのです。

 ですから、型にはめることがまず要求されます。いわゆる理論的なアプローチがずっぽり抜け落ちているのはそのためでしょう。アドリブをするためにはある程度そういった固さをとる必要がありますが、大抵の『経験者』は中高時代の練習方法から発展することが出来ず、過去の成功体験にひきずられて、質的な飛躍をしないままずぶずぶと埋もれていくことが多いのです。

 「経験者」は今までの練習方法にこだわります。人は成功していることに固執するからです。経験者は楽器をコントロールする点において初心者よりは優れており、そのために初期段階でアドバンテージを得ることが出来ます。その中途半端な「成功」がその後の練習方法のブラッシュアップを阻んでいる事例を幾度か目にしました。

 もう一度いいましょう。練習方法を変えることが必要です。数学ばかり勉強しても日本史は出来ません。楽器を鳴らすことに関しブラスバンド的練習に間違いはありませんが、そればっかりやっていても決してアドリブは出来ません。

 少し、内容が重複しますが、まずトラブルシューティングをみて下さい。もし君がアドリブをやりたいのにアドリブの出来ない人間であれば、この中のパターンのどれかに当てはまると思います。勿論、それによって解決策は異なります。

 
 一つ、当たり前の補足。
 ここで述べている「アドリブ」は、まぁ、お作法としての「アドリブ」です。理論的にまあ破綻しない程度のアドリブであって、プロが本当に取り組むような「インプロヴィゼーション」とは違うと言うことはよくよく認識しておいて下さい。

 僕が助言できるのは、たとえて言えば、『非英語圏人が英語で意味の通じる最低限の文章を書くやり方』のようなものです。それ以上の事に関しては自分自身ができていないので、アドバイスできません。シェークスピアだとか、フォークナーだとかに匹敵するような英文学を書く場合は、まったく別のアプローチが必要でしょう。当然ですが僕にはその資格はありません。

 それから本当にうまい人はこういうアドバイスを必要としていないですから、当然目を留めないでしょう。歌手やお笑いの世界では、訓練して身につけた二流の才を遙かに凌ぐ才能を持った新人が時々現れます。楽器の世界も当然同じです。

「下品な言い方ですみませんがね、ちんぽの大きさと同じです。大きい奴は大きいんです。わかりますかね?」(『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹)