練習と貯金



 ブラバン出身者の苦悩(その1) (その2)では、中学生や高校生の時に楽器を練習していた人の伸び悩みというものを書きました。

 大学生の時分、私はいわゆるジャズ研的なクラブに所属していました。7年間も居たせいで後輩や先輩の成長や失敗、ドロップアウトを多数例見てきましたが、こういう経過は、大体決まったパターンに集約されます。ちょうど我々の人生のバリエーションがそれほど多くない一定のパターンに収斂されるのと同じように。

 うまくなる人、うまくならない人。うまくなっても今ひとつ満足度が得られない人、ある程度充実した学生生活を確信して去って行く人、様々です。

 ところで、こうした数多ある経過の中で、どういった状態が「正解」なんでしょうか?

 

 前段では、まるで「経験者」がいけないかのような書き方をしましたが、それでは、初心者の方が幸せな学生生活が送れるのか、というと、そういうわけではありません。

 トロンボーンは、どちらかというと敷居の高い楽器です。単純に音を出す、という最初のステップをクリアーするにも、ある程度時間がかかります。また、ジャズにおいては他の楽器より不利な点もあるでしょう。他の楽器でやっているフレーズをトロンボーンに引き写す、ま、translatonabilityとでもいいましょうか、そういう面に関して言うと他の楽器よりも不利な点に立たされています。上手な楽器演奏者にとっても簡単なことではありません。

 そういう意味では、やりたい事を実現するのには楽器の演奏能力は高いにこしたことはありません。楽器の演奏能力が高ければ、それは選択肢に幅があるということです。

 では楽器の演奏能力さえ高ければ、即幸福につながるかというと、もちろんそうでもない。前段で述べたような、アドリブから撤退した経験者というのが、例えば楽器の演奏能力が高いのに幸福度の低いよい例かと思われます。


楽器演奏のマネープラン


 楽器の演奏能力を、金額みたいなものと考えてみましょう。

 楽器がうまい人は、沢山お金を持っている状態、
 楽器が下手な人はお金がない状態です。
 お金が沢山あると色んなものが買えます。
 また、お金を増やすためには、練習をして、楽器がうまくなる必要があります。

 楽器経験者は、入学当初からある程度の所持金を持っている状態、初心者は所持金がない状態ということになります。

 所持金がないとお金は使えません。海外旅行に行きたければアルバイトしてお金を積み立てなければいけないのと同じで、練習によって自分の「所持金」を積み立てなければいけない。例えばカーティス・フラーのファイブ・スポット・アフター・ダークやりたいなと思っても、最初はそんなの吹けません。まず初心者は基礎練習をして楽器能力を高める、つまりお金を貯めるところから始めなければなりません。

 但し、お金を貯める作業=練習というのは必ずしも楽しいものではない。
 少なくとも、消費の快楽を知らないでお金を貯める作業は、そうそう長い間耐えうるものではありません。

 継続して練習をすることに慣れていない初心者は、まずこの段階で脱落することがあります。お金を貯めて、使ってというサイクルは、苦・楽という順番なわけですが、最初の楽を迎える前にモチベーションを失って失速してしまうというわけです。

 こうした事態に陥るには大まかに二つの理由があって、一つは、努力の割にはお金が貯まらなかったという場合。これは本人の問題と言えると思う。もう一つは適切な「消費」の場を設定されなかった場合。これは場、つまりジャズ研とか先輩とか、環境の問題と言ってもいいかもしれません。

 いずれにしろ、レベルの大小を問わず消費(あくまでも、音楽的な消費、という意味です)の快楽を出来るだけ早期に経験する、というのが重要だと思う。(発表会とか、いわゆるD軍とか)。

 で、こういうサイクルにうまく乗れない新人はどうするべきかというと、この場合は早めに手を引く方が正解。こういう新入生を無理に引き留めると、彼または彼女のためにもよくない。ま、本人の粘り強さにもよりますけれども、そもそもジャズ研のようなところにいる人間は自分たちの価値観に夜郎自大的になっていますが、冷静に考えると、世の中の楽しいことは他に沢山ありますから。

 

 勿論楽器経験者だって、入学当初から何でも買えるほどお金を持っている人はそういません。今持っているお金では買えないものを買うために、練習をして所持金を増やすことは必要でしょう。但しこの類の人達は、練習をして、その成果を発表してというサイクルにはある程度慣れているはずだから、お金を増やすこと、に関しては本人の自主性にある程度任せていいように思います。

 むしろ彼らに問題になってくるのは「お金の使い方」です。この世界では、お金を稼ぐのと同様お金を使うのにもコツが必要ですから。

 ところで、「不幸」とはなんでしょうか?

 

 おそらく幸福か不幸かというのは、お金の絶対量ではなくて、収入と支出のバランスがどれだけとれているかによります。

 やりたいことがあるがそれを達成する能力が足りないという事態は不幸です。この曲やりたいけど、実力的にでけへん。これは「買いたいけれどもお金が足りない」状態ですね。これは確かに不幸ではある。

 勿論、収入は多ければ多いほど嬉しい。これは当たり前です。しかし先ほどと逆にお金があり余るほどあるのに、買うモノがないという事態があります。これはお金が無くてモノが買えないのと同様、もしくはそれ以上に不幸な場合がある。

 それは、端的にいうと愚かしいから。

 この場合、個人のマネープランよりは企業のマネープランを考えた方がわかりやすいかもしれない(ま、個人においても本質的には同じなんですが)。企業において、積み上げた黒字を使わずただ死蔵するのは犯罪的によくない行為です。他に転用できるリソースをむざむざ死蔵させるのは、機会喪失であり、金をどぶに捨てているのと同じなんですよね。

 この例えにおいてもそうで、「所持金」を増やすためには多くの場合多大な時間を要します。つまり時間の浪費なんですよね。学生の時に有り余るほどあった時間は、社会人になると当然のように限定されます。月並みな言葉ですが、大学時代の時間の使い方は有意義であるべきだと思います。

 もちろん、あまり効率効率と言い立てるのは人間の幸福と背反しています。ミヒャエル・エンデの『モモ』を読むまでもなく。ただ、凡百の我々の多くは、大学卒業後、灰色の生活に突入せざるを得ない、という現実がある。

 前段で述べた、アドリブが出来ないブラバン出身者が、なぜ不幸かつ残念かというと、沢山お金は儲けたけれど、使わないで銀行に死蔵して終わっている状態に等しいからですね。なにしろ、このお金は現実のお金以上に「墓場まで持って行けない」お金なわけですから。

 じゃあ、練習をするな、と言いたいわけではなくて、しっかり溜めた実力は、適切に発露しきって欲しい、と僕などは思うわけです。つまり、お金の使い方に明るくなる必要がある。そのためには、若いうちからお金の使い方は勉強しておかないと、やっぱり身に付きません。

 代替わりをして引退したビッグバンド出身の部員が、コンボに転身して小難しいバップのバンドかなんかを完コピしたり、なんてどこの大学でも見る3月の風物詩だったりしますが、楽器は超絶うまいのに、どうにもださかったり、なんてことがあります。ひと言でいうと、そういうのが身に付いてないんですよね。まるでバブル期の日本人のように、有り余るお金でいいもの買ってんだけど、今ひとつセンスがないっちゅうか、ね。そんな感じなんですよ。

 まあ「僕はウィントン・マルサリスのファンなんです!」なんて言われたら何も言い返せないんですけれども。


結論めいたもの


 人生の幸福度が生涯獲得賃金によって決まるのではないのと同様、楽器の上手さというのは我々のジャズ人生にとって、本質的なファクターではありません。

 もちろん、我々の幸福度がお金の多寡に影響される程度には、楽器の上手さは我々のジャズ人生の幸福度に影響を与えるでしょう。

 金額の多寡はありましょうが、短期的に、つまり卒業の時点で、賃借対照表が収入・支出とんとんになっているのは比較的望ましい状態と言えます。あまりに残高がありすぎる状態は、むしろ不幸です。

 一年生から四年生(もしくはそれ以上)まで、線形に技術力=お金の量が向上し続け、それに見合った難度の課題(コンボであるとか、ビッグバンドであるとか、ソロだとか)をクリアしてゆくのが、いいんでしょうけれども、なかなかすべての人間がそのような経過を取ることはまれです。

 我々「ゲーム世代」としましては、そういう風に練習=貯金と発表=消費のサイクルを繰り返すイメージを持って大学時代を送ることをおすすめします。無目的に練習をしても、途中で頭打ちになりますから。

 ま、しかし、あんまり収入支出がとんとんだと、それですっきりしちゃいすぎるという弊害もあります。自分のことを振り返ると「大学の時にやり切っていないんじゃないか?」という未練が未だに音楽に向かわせる原動力になっている気もしますから。人生万事塞翁が馬という言葉どおり、人生を通してみた場合、結果的に何が望ましいのかなんて、案外わかりませんから。

 それから、これは大事なことですけれども、社会人になってからは殆どの場合、楽器の演奏能力は上昇しません。先ほど述べたお金の使い方というか、限られたテクニックの中で自分を上手く表現するとか、そういう方面はまだしも向上の余地はありますが、純粋な楽器のテクニックはあまり向上を期待できない。継続して練習を行い、楽器がうまくなるというのは、学生の間にだけ許された特権と思って頑張りましょう。

 大学卒業時の時点における楽器の上手さが、あなたの今後の人生にとって大きな意味を持ちます。この時の上手さがある閾値、「第一宇宙速度」を超えている場合、社会人になってもプレーヤーを続けられる可能性が高い。

 もし実力がこの「第一宇宙速度」以下の場合、実力を維持するコストと社会人の生活が折り合わないために、摩擦が累積するのか、どこかで墜落してしまうんですね。

 逆に、卒業時の上手さが、さらに上のある閾値、「第二宇宙速度」を超えている場合、どこかで定職から離れ、プロを目指さざるを得ない状況に陥る可能性があります。「堅気にはなれない」というやつですね。

(Oct,2006 初稿)