Chet Baker考:

 いろんな意味で、希有のトランペッターである。
 ともあれ、欠点には事欠かないジャズマンの一人であるのは間違いない。

 僕はチェットベイカーファンだから、うずたかく積みあげられた彼のマイナス要因を見ると、まるで小さいころよくしてもらった小父さんが何か悪いことをして逮捕されてしまったような気分になってしまうのだ。

 下手ではないが、テクニックを誇るほどではない。
 ジャズの歴史に於いても何ら革新性はない。自分はファンであるので、こういう言い切りをするのは忍びないのだが、そのスタイルはマイルスの(それも、マイルスの一面に過ぎない、クールなマイルスの)剽窃であるといって差し支えないと思う。
 歴史の立会人として、重要なアルバムに参加したりもしていない。
ジャズボーカルとしても手放しには評価出来ない。ピッチも悪く、声も伸びない。典型的な「アイドル唄い」である。
 年を経るに従って円熟するわけでもない。女色と酒に溺れ、乱闘で大切な前歯を折ったりもする。晩期に録音されたアルバムの打率の低さは目を覆いたくなるほど。

なのになぜ、こんなにJazzを感じるのだろうか。

弓の名人起昌は、長生の鍛錬の末、つひにその道を極めた。
名人になった彼はあるとき、弓を見て、「はて、これは何であろう」と周りに尋ねたという。
無我の境地に至った者の言である。
 Chet Bakerも晩年はこのような心境であったのでは無かろうか。
テクニックは若い頃にくらべ、明らかに劣り、でてくるフレーズも手癖ばかり。 「頭」、は全然使っていないのが窺える。

ただ、出てくる音はどうしようもなくJazzなのだ。

 女と酒と麻薬に溺れたどうしようもない男であるが、音からはそういう俗な脂っぽさは不思議と感じられない。むしろ草木の枯れとも似た風合いであり、血肉や汗すら感じさせない。

 ひょっとしたら、彼は「Jazzの精(ニンフ)」なのかもしれない。



 …そうなのだ。そうだとしたらJazzの国から人間界に迷い出てしまった彼は、どうにかしてJazzの国へ戻る道を探そうとしていたに違いない。

 ヨーロッパでくすぶり、バンドも持たず、名声もなく、請われるままに楽器を吹いた晩年はそのための苦行である。
 そう、仙人になるためには食を断ち、人里を離れ長年の修行が必要であるのと同様に。

 酒、麻薬ですら、仙人にとっての雲、霞と同じく、欠くべからざるものなのかもしれぬ。

晩年、彼の苦悩は貧困ゆえではなく、自分が本当に居るべき場所に居ないことにあったのではなかろうか。

結局、彼は、謎の転落死を遂げた。
ホテルの二階から落ちて。

彼の魂はJazzの国にちゃんと還りつけたのだろうか。


My best:

Touch of your lips

"Touch of Your Lips" Chet Baker
Steeplechase
(特に二曲目の"But Not For Me"を推したい)
"Chet Baker in Tokyo"
 車上荒らしに盗まれ、買い直した経緯がある。

 ちなみに初期の作品は私の琴線にはあまり触れない。だが、普段よれよれChetを聞いているせいでたまにPlayboyとか聞くとそのしゃっきりぶりに感動したりする。
 そういう聴き方も、またよい。

 もし、Chet Bakerくらい吹けたら言うことないだろうといつも思う。楽器の上手さの点に関してChet Bakerを目標にするのはあまり積極的とは言えない。もし僕がプロの奏者なら、目標にするには些かささやか過ぎると言えるだろう。(楽器的技量という面では、やっぱWyntonとか、ブラウニーとか言わんといかんのじゃないか)。

 だけど、アマチュアの僕には、これで充分。もし神様がChet Bakerの技量を僕に呉れるなら(そしてChet Bakerの人生を僕に付与しないのであるならば)喜んで受けるだろう。

 もし、Chet Bakerの「歌心」が手にはいるのならば、泣いて喜びます。

References

どれも英語です。
arrowYahoo Music page のチェットベイカーを扱うページ。資料として。
arrowchet baker net ChetBakerに捧げる怖ろしく濃いページ。discographyはとても便利。が、晩期、出しすぎですね(笑)。