Art Farmer考

まるで夜空に輝く二等星の様に

視界の端にあるときは光っているのに、視線を合わせると見えなくなる。

それが彼だ。
アートファーマーの音は、いつだって塩辛い。
そして、澄んでいる。

CDをトレイに入れ、スイッチを点れる。
イントロが終わり彼の音が聞こえる瞬間、
埃だらけの部屋の空気は、晴れた冬の夜の其れになる。

メジャーと言えばメジャー級、マイナーといえばマイナー級。サイドメンとして様々なアルバムに名を連ねている。かといってリーダー作が少ないわけでもない。しかし名盤というほどでもない。
アートファーマーはその活動からしてとらえどころがない。

しかし、
決して奇をてらうことなく、
かといって、進化を止めることもなく、
「日本ダイスキ、ドモアリガト」外タレ化することもなく、
身を持ち崩すこともなく、
ただ、淡々とジャズの真ん中を歩き、そして死んだ。

なぜだかわからないが彼の人生にはWetなものよりも索漠とした空気を感じるのである。
アート・ファーマーの出す音は、いつだって正解だ。

とっても地味なんだけど、いつだって自分に合った服を着ている子がいる。普段目に止まることはほとんどない。けど、ふと目がゆくとその完成度に驚かされる。服の色あわせ、スタイル、全体としての雰囲気、すべてが完璧だからだ。そういう目で改めて見ると今まで何でこの子の美しさ、端正さに気がつかなかったのだろうか、と思う。いや、完璧だからこそ却って目に付かないのかもしれない。
そんな子って、ときどきいる。

アート・ファーマーの音も同じ様なニュアンスがある。細かく見るとかなり技巧的だったりするんだけど決して技巧が前面にでるようなことはない。

そして、彼は絶対に神がかった演奏はしない。決して。

パーカー、パウエルなどのように麻薬片手にジャズと心中した連中とは明らかに違った精神構造がここにある。

多くのジャズマンにあるような音楽の神と向き合うことによって起こる破滅を僕らは見ている。だから、そういったものと殆ど縁のなさそうな彼の生き方に僕らはある種の強靱さをみる。
淡々と生きたアートファーマーという男。
そのなかにあった静的な空間、小宇宙。周囲との感応のなさ、尋常ではない。

例えば先に挙げたチェット・ベイカーは「ジャズの聖」となれる男だ。しかし、アート・ファーマーはジャズの「聖(ひじり)」には多分なれないだろう。
ならない、といった方がいいかもしれない。
ただ、透徹とした作品群が横たわるだけである。