Anaerobic Reading


—本について



有酸素運動:ゆう・さんそ・うんどう−エアロビクス 4 [aerobics]

酸素を多量に取り入れながら、できるだけ長く継続して行う全身運動。心臓や肺の機能を高め、組織・細胞に酸素を送り込むことによって健康を増進させる運動法。

 皆さんは一冊の本を読むときにどれくらいの時間をかけて読むだろうか。

 本屋から買ってすぐ近くの喫茶店で包装紙を開け早速読み始める人もいるだろうし、しばらく放って置いて、寝付かれない夜に少しずつ読み進んでゆく人もいるだろう。その形態は様々であるし、これはその人の忙しさや活字に対する浸淫の程度にもよると思われる。

 現在の私は寝る前の1、2時間を利用して読書をすることが多い。あまり面白くない本は1週間くらいかかることもあるし、面白い本であればその日のうちに読み終わってしまう。なにしろ背後には眠気という冷徹なジャッジが待っている。ちょっとでも面白くなければ脱落し、意識はすみやかに混濁してゆく。朝になって布団の中に埋もれ折れ目のついてしまった本を見つける羽目になるわけだ。
 

 だが、時々、本当に時々であるが、無茶苦茶に面白く、一気に読み終えてしまう本に出会うことがある。

 もし読み始めたのが寝る前であれば、翌日の仕事を気にするものの目が冴え渡ってページをめくる手は止まらず、結局夜が白むころに読み終え呆然としたりするわけである。もし日中に読み始めたのであれば他の生活が完全にストップしてしまう。止められないので読み出すと引きずり込まれ、その間何もできない。ご飯を食べるとか、トイレに行くとか、そういう最低限の時間以外はすべてその本に没入してしまう。というかご飯時も、トイレも持参で読みながらである。もちろん食べ物の味などわからない。

 まあ、いってみれば、
「僕パソコン

 読書でCPUが100%占有状態」なわけである。


 有酸素運動、無酸素運動というのがあるが、あたかもスプリント競技のようなこの読書は無酸素運動的読書というべきであろうと思っている。僕の中では「無酸素読書」と呼んでいる。(※)
 

 濫読家を自負する私でも重度の「無酸素読書」状態に陥ったこの経験というのは数えるほどしかない。おそらく生涯に10冊あるかないかではないだろうか。


 一番記憶として残っているのは小学校6年の時のクリスマスプレゼントに貰った「はてしない物語」(ミヒャエル・エンデ)であった。25日朝枕元に本がおいてあり読み始めたのだが、ぐいぐいと引き込まれてゆき結局夜8時になる辺りまでノンストップで読んでしまった。結構長い本なのでこの時の無酸素読書はかなりしんどかった。終わった後少しめまいを感じたのを憶えている。(特にこの物語の主人公バスチアン自体が本の虫で、本好きの本質についても書かれた本でもあり、私もこの本の持つパリンドロームに組み込まれたのかと錯覚したほどだった。)


 無酸素読書は、無条件に本の世界にダイブ・インするので実生活のリズムを壊すし、そういう意味では必ずしも有益ではないのだが、結局のところ我々活字中毒者はこの無酸素読書が始められるような本に出会うために何冊も何冊も本を読んでいるのかもしれない。

 ちょうど、煙草吸いが「至福の一服」のためにただひたすら煙草を吸うように。


 そして、無酸素読書の経験のない人を僕は気の毒に思うのである。
 本好きかどうかという分かれ目は案外こんなところではないかと思うのだが、こういう経験をしていない人は少なくとも僕の側の人間ではない。


※厳密に考えると酸素はしっかり吸っているのでこの用語は間違っているのだが、ニュアンス的に妥当だと考えている。



(初稿 2002/11/22 改稿 Jun.2003)