後輩と虚無



—夢 その8


妙な夢をみた。
 
 舞台は多分、大学。
小学校などによくある細長い校舎の屋上のようなところ。その向こうには同じ様な建物が連なっているのがみえる。斜面に立っているので、それより下にある建物が一望できる。これは学生時代に僕がよくクラブの練習をしていた学生会館からみる風景にどことなく似ている。

 この建物、というか街全体に虚無がやってくる。

 最初目にするのは、校舎の屋上の端が断ち切られているところ。そこには風景がなにもない。失敗したテレビのセットのように、まったくの空白。

そう、これは「はてしない物語」で出てきた虚無だ。日ごとに虚無の場所は広がって、この世界を浸食してゆく。僕はそれを、毎日ぼんやりとみている。不思議に焦りや恐怖は感じない。どうやらこの世界ではこれがあるべき形らしい。

 

 山側の手すりに腰掛けて僕は浜の手に広がっていたパノラマのような風景が虚無に侵さればらばらになっていくのを、ただぼんやりとみている。もう一人、女の子が僕の前に一緒にいる。仲のよかった、一つ下のクラブの後輩の女の子だ。ジーンズで、直接屋上の床にぺたりとあぐらをかいた、彼女独特のいつもの格好で、いかにもつまらなそうに「あーあ」と呟いた。

 「……もう、そろそろいかんといかんですねぇ……」
 「……そう……やな」

 と口では繰り返すものの、二人とも動きだす気配はない。いっそこのまま動かなければ明日には虚無にのまれるかもしれないが、それでもいいとさえ思っている。だが二人とも口に出しはしない。

 しかし動ける人間が、起きている間に虚無にのまれるべきではないというのがこの世界の暗黙のルールらしい。
 「じゃあ、そろそろ行こうか」
 実に建物の半分以上が消えてから、掌についててすりの鉄錆をはらいながら僕が言うと、彼女は無言で立ち上がり、ジーンズのほこりをはたいて、のろのろとついてきた。世間の常識とか建前のようなものに対する畏れがあるのは、この二人なら、僕の方だから。
 

 薄暮のなか、坂の多い街をぼんやりと歩く。狭い路地のあちこち、虚無で行き止まりになっていて、幾度となく後戻りを余儀なくされる。僕らはのろのろとロバのように歩く。目的地などないが、行けるところを探しながらそぞろ歩きをする。くり返し邪魔をする虚無に悪態をつきながら、僕らはまったく楽しくないわけではない。そういえば「○×のこと、きらいじゃないわけやないで」と持って回った言い方をする同級生がいたなということをぼんやり思いだす。

 しかし突然、神社の階段のような長い石段のたもと。前を歩いていた僕の背中越しに彼女は決まり悪そうに声を掛ける。

「じゃあ、ここで。あの、ちょっと行かんといけんので」といい、すたすたと石段を登っていくのを返事も出来ずに僕は見送る。

 ひょこひょこと階段を上る彼女の揺れる大きなお尻が、誰かを待たせているために早めた足取りであることを僕に教える。彼女の姿が石段の向こうに消えてから、僕はとりあえず大きな溜息をついて角を曲がる。どうしようもない後悔のような気持ちといらだち。いろいろな感情が僕の中でもやもやと起こり、しかし

 そこで目が覚めた。起きたら泣いていた。


(Nov. 2004 初稿)