本の功罪


—本について

—人生について



 僕は本が好きだ。
 僕は小さい頃から「本の虫」であった。

 僕は今でもまあまあの量の本を読む。週に2,3冊ペース、月に10冊程度は。

 その結果、僕はいろいろなことを人より知っている。
 僕は本によって多大な恩恵を受けることが出来た。
 様々なことを本によって得ることが出来た。
 だけど、読書をする意味というものはついぞ考えたことがなかった。
 出発点があまりに恵まれすぎていたので、立ち止まって考えることをしなかった。
 本を何のために読むのか、というのは考えたことがなかった。
 本を読むとどんないいことがあるのかというのも考えたことがなかった。

 それは、僕にとっては自明のことであったから。

 そして、僕は人に本を読むことを薦める。当然の様に。

 僕の処世術では、本を読むことは絶対的善だ。



 だが、他の人に於いても、そうだろうか?

人生の攻略本:


 乱暴なたとえだが、人生はゲームだとする。例えばドラゴンクエストのような(※)。

 ルール、達成条件というのは個人が決めるもので、人によって違いはあるものの、やはり人生はある種のなにかを他人と競う面があり、そういう要素はすこぶるゲーム的なのである(逆に人生のそういう一側面をゲームという形に抽出しているのだが)。

 では、本というのは何か。

 簡単に言ってしまえばゲームの「攻略本」の様なものだ。この複雑極まりないゲームをするに際して先人が我々に言っておきたいことを書き残す。
 それはこの人生というゲームのやり方。ゲームの体験談。ゲームを導く知識。

 哲学書なんて、もっと直截的だ。

 「人はどう生きるか」

 「どう生きるべきか」
 「どうすれば、満足を得ることが出来るか」
 まさに、攻略法そのものだ。

 この点で最も優れているのは孫子、韓非子、論語など中国人が作った教書である。宗教に拠らないリアリストの彼らは、多くの人生を収載し、凝集することによって一つの生き方のモデルケースを開発することに成功した。中国のこれらのいわゆる「四書五経」は西洋哲学や宗教書に比べプラクティカルで、その分あけすけで、いかにも攻略本然としていると思う。(※2)

 勿論、人が違えばルールも違う。勝利条件が違うのに参考にしても意味がない。だから、すべての本が自分の役に立つわけではないし、なかには我々を間違った道に誘う本もあるだろう。イエスキリストが書いた攻略本がいい人もいるだろうし、仏陀の言葉で人生を切り開く人もいる。そうかと思えば中谷彰宏で人生を切り開く猛者もいるのだ。


 ともあれ、我々が生まれた時からゲームは始まっている。ゲームの始まりには攻略本はない。親から具体的な生き方を習う。ゲームで言うと、まず操作方法を習得するわけである。

 さて、学校に行くような年になると、攻略本との出会いが待っている。というか、学校というのはそれ自体がゲームの攻略法を習うようなものだし、教科書というのは有り体に言えば90%の人に役立つように作られた攻略本だ。攻略本の読み方、選び方もここで習うことになる。

 日本における義務教育を修了した僕らは、そういったわけで一応最低限の「攻略法」の学び方を体得しているということになる。まったくハウトゥーをひも解かずに人生というゲームを遊ぶ人間は日本にはあまりいない。だが、学校を卒業した後、攻略法にこだわる生き方をするかどうか、というのは別の話である。

 ※1 このことはドラクエ的人生に書いた
 ※2 こうした中国の哲学は「勝ち方」を教えてくれる。一方、西洋の哲学は「負けない方法」を教えてくれるように思う。また、宗教は「負けてもくじけない方法」を教えてくれる。

人生の攻略本は本当に必要か:

 攻略本なしでゲームをする。

 ゲームを「楽しむ」のであれば、ゲームすればよい。攻略本など一切不要。

 たとえばドラゴンクエストなどのRPGを攻略本を参考にしながら遊ぶとする。本をガイドにするので、失敗や堂々巡りの可能性はすくなくなるのは確かだが、先回りしてタネを知ってしまう弊害を伴う。故に新鮮な感動は攻略本によって薄められてしまうし、時には攻略本を読むことによってもうそれを経験した気になって、実際にやる気をそがれることだってあるかもしれない。

 恋愛小説を読んでひたっている暇があるなら、さっさと彼女でも作ってセックスすればよい。本を読み、時間を浪費して体験しないとわからない快感を失ってはいないか。(※)


※  いみじくも北方謙三先生は、そう言うことを喝破しておられた。
 ソープへ行け!
 ちょっとどうかとは思うけど、そういうことだ。

 

 ところが、レベルを99まで上げるだとか、アイテムを全部集めるだとかそういう目的、人よりも抜きん出ようという気持ちがあったり、「効率」を重視するのなら、攻略本が絶対に必要になってくる。

 現実世界で言うと、立身出世したり、難しい職業に就いたりとか、そういう類のものだ。現代文明の中核で活動しようとする場合、攻略本にたよらずただ生得的に生きて達成出来るとは思えない。何しろ道のりは長くて険しい。地図もなしに散歩気分で歩きはじめて辿り着くことが出来るとは思えない。

 この場合攻略本の価値は「絶対的に善」である。

 ただ、攻略本ばかりに頼っていては、自分の嗅覚で道を探す努力を放棄してはいないか。分岐点にさしかかったときに本の知識を頼りにしていても、いつかは本に載っていない判断を求められる時が来る。

 本に頼らず人生を歩むこと。だが、本を参考にしないとたどり着けない場所もある。