グレイ新説



 正直なところ、犬が苦手です。

 実家でも犬を飼っていたし、今でも犬は嫌いではないにも関わらず、わんわん吠えられると、びくっとしてしまいます。

 

 昔僕が3歳か4歳の頃、父が家に犬を連れてきました。

 父は医者なんですが、その頃は大学で研究をしていたりして、その実験動物が余ったとか何とか聞いたことがありますが、さあ詳しくはわかりません。ともあれ、柴犬のような雑種のようないわゆる「普通の犬」が家に居ました。たろさんという名前でした。

 僕はこの犬のことをあまり覚えていません。たろさんはその頃の僕にとっては自分の背丈ほどもある大きな犬でした。まさにけだもの。いや、けだものなんすけど。おとなしい犬であったということですが、犬にしたら親愛の情を込めてぴょんぴょん抱きついてきたりするような行動でも、僕にしたら、それこそ猛獣がおそいかかって来たように見えたんでしょう。僕はその犬をずっと怖がっていたそうです。

 後に家人から聞いたことで、実際自分の記憶としてはあまりありません。多分、あんまりにも怖かったので、記憶から追い出したんでしょうね。ま、小さい頃の僕は非常に怖がりで、色んなものにヘタレていましたし。
 え?あっ今もですが。

 そんなこんなで小学生くらいまでの私は犬が怖いっ子ちゃんでした。中学高校になると、親元を離れて暮らしていたんですが、実家では何匹かその後も犬を飼っていたようです。いずれにしろ、そうした、何匹かの犬との交流を経て、いつしか自分が犬というものをそれほどは嫌っていないということに気づきました。

 

 問題は、自分ちの飼い犬とか、知り合いの犬とかはともかく、全く知らない犬と対面する時です。

 犬って、自分の知らない人間だと、まずメンチ切るっていうか、じっと「こいつ何?」みたいな感じで見るじゃないですか。そういう風に見られると、ふと不安な気持ちがよぎる。自分の心の中に居る「犬が怖くて仕方がなかった子供」の頃の自分の気持ちがひょいと目を覚ますっていうか、ね。

 自分のそうした心のひるみを見透かすのか、犬はワンと吠えたりします。そういう気持ちでワンと言われると、つい「ひえっ」とかそういう感じになっちゃうんですよね。そうすると、犬も「こらおもろいもっと言うたろ」みたいな感じでわんわんわんわん吠えたてたりすることがあります。

 こう、これ、勝ち負けでいったら完全に負けてますよね、自分。

 

 アルバイト先の病院から駅への道の間に、犬を飼っている家があるんです。明らかに雑種の白と黒のパンダかバクの出来損ないのような犬が。

 彼は、僕が通っても「お前か」のように、見もしないで、耳をぱたぱた動かして挨拶するくらいなんですが、ちょっと前からもう一匹増えたんですよ。こいつがね、吠えるんです。

 最初の出会いが悪かったんでしょうか、彼にとって僕は、リアクション芸人というか、吠えてもOKな存在であるようで、もうわんわんわんわんわん、うるさいのなんのって。

 わんわんわんわん!
  ちょっ……おま……
 わんわんわんわん!
 ……もうええって!
 わんわんわんわんわん!
 わんわんわんわん!
 わんわんわんわん!
 ええ加わんわんわんわ減にせいや!わんわんわんわん
 わんわんわんわんどわんわんわんうもしっつれいわんわんわんしましたー
 わんわんわんわん!!!!!
 ………(えー…?)………

 とまあ、そんな調子で。

 で、その若い方の犬はこうやって吠えるわけですが、では前から居た犬はどうかというと、若い犬をちょっとたしなめてくれたりすればいいのに、こいつもまた吠えやがるんです。お前ちょっと前まで友達やったやないかと。

 こうして、いつも吠え立てられてその道を後にする。
 で、わんわん吠えられて、やっぱり、内心びくっとしている自分に情けない思いをさせられる。

 
ウェブで拾ってきた犬
ウェブで拾ってきたグレイ

 いや、その犬だって、僕の膝上ちょっとぐらいの中小型犬なんですよ。大型犬ならいざしらず、見上げてわんわん吠える犬など、蹴散らしてやれば怖いことないはずなのになあ。なんでそんなに怖いんだろう。

 あ、そうだ。ところで、見上げた犬の顔を上からみると、とても目がつり上がって見えます。まるで想像の宇宙人、リトル・グレイのよう。

 というか、リトル・グレイを考えた人は、きっと犬嫌いだと思う。どうでしょう?似てません?似てないか……

(2006,Sep初稿)