Curry



カレーという食べ物は非常にパーソナルな食べ物だと思う。

たとえば、仕事が終わって「何か食べに行かない?」という状況があったとする。そこで、カレーという選択肢にはなりにくいのではないか。

 アフターファイブはみんなでわいわいカレー。カレーをつまみにさしつさされつ上司の悪口を言い合う僕たち。
 想像しにくい。

 医師向けに行われる薬品説明会、製薬会社が用意してくれる食事がカレー。

 ありそうもない。

 夜景の見えるレストランで、自分の誕生年のワインをあけながら、君の瞳に乾杯カレー。部屋、とってあるんだ。いいよね?
 ますます想像しにくい。大体カレーにあうワインは赤か白か。
 
 だから、インド人は社交的でない、とかそういう結論をいってるんじゃない。けど、お酒の席には合いにくいことは、確かだ。その証拠に飲み屋でもカレー味の付いたもの出てくるけど、カレーそのものを食べたことはないでしょ。カレーのスパイスは酒の微妙な香りとかにはいい影響を与えないのかもしれない。満腹になるしね。
 

 しかしだな、だいたいテレビのCMでも、「カレーを食べよう!!」とか言って、青空の下、なにかスポーツをし、汗をかき、その後みんなでワイワイと野外炊事的なことをして、そしてワイワイと食べるようなシチュエーションが多い。圧倒的に。

 と、いうことは、カレーはパーソナルな食べ物ではないのか。そうか。

 むしろCMを見る限りは非常に強力なコミュニケーションツールかも。

 だけど、自分の作ったカレーを食わせるのはやはり、すでに知り合いになっている人間の間で開かれる内輪のパーティーくらいだろう。やっぱりパーソナルな食べ物か。

 見ず知らずの人間同士をつなぎ合わせる能力は、カレーには無い。両極端なんである、カレーは。人間関係の介在を全くゆるさないか、強い連帯という形でしかゆるさないか。
 

 というわけで、家族を持たない一人暮らしの人間、インドア派で太陽の光が似合わない人間にとってはカレーは非常にパーソナルな食べ物である。

 そういった、人間のため、カレーを食べる場所がある。カレーショップだ。

 そういった場所では、カレーを食べるとき、皆カレーと向き合うしかない。
同席者との対話など、必要ではない。
 カレーは孤独な食べ物だ。

 その証拠に、カレーショップにはカウンター席の比率がとっても高いじゃありませんか。




(初稿2001.12.17日記 2003.2.1改稿)