ラーメンを取り巻く状況


—ラーメン



現代とラーメン



 現代、ラーメンの味の多様性というのは複雑を極めている。

 基本の味。醤油、塩、豚骨など。
 産地の特色。札幌風、博多風、喜多方風、尾道風、和歌山風などなど。
 使われているダシ。カツオ、煮干し、豚骨牛骨鶏ガラ、その他の魚介類、野菜。

 具、麺、つけだれ、香味油、薬味、などなど。

 様々なパラメーターの組み合わせは複雑玄妙を極めている。

 珍妙に思われるのはこれらの複雑化されたラーメンを取り巻く事象に対して消費者である我々はある程度追随していることである。こうした複雑化が厨房の中だけで完結し、我々はそのエンドポイントとして味を素直に楽しむだけでよいはずなのに、今やラーメンに対して一言語るためには膨大なラーメンに対する情報(もはや「ラーメン学」と言えるほどである)を咀嚼しなくてはならない。

 ことほどかようにラーメンヲタクになるのは難しいのに、世の中にはラーメンオタクというのが結構いるらしい。ストイシズムを発揮してしまう人間がこんなに多いのだろうか。
 

 ラーメン「ごとき」に対し、どうして我々はこれほどまでに複雑に考えなければいけないのか。

 たかがラーメンに対しここまで複雑に考えるというのは、逆に言うと我々がいかに自分の住む世界を複雑に考えているかということの裏返しではあるまいか。