うどんとは



 何にでもステレオタイプというものがある。

 例えばアングロサクソンが見た日本人(いいや、敢えてジャップと言おうか)のステレオタイプというと、「眼鏡、カメラ、出っ歯」である。

 日本人とひとくくりにするが、その中には乙武君から西島洋介山まで、いろいろな人間がいるわけだが、日本人のイメージというのはこういった気弱なサラリーマン然とした典型像としてしか認識されていないというのはある意味理不尽なことだ。

 もっともこういったステレオタイプはどこの国にもあって、
 例えばフランス人なら「ワイン、おしゃれ、スケベ」、
 スペイン人なら「闘牛、ギター、スケベ」、
 オランダ人なら「ケチ、風車、スケベ」、そして
 メキシコ人なら「サボテン、テキーラ、スケベ」だ。
 
  そして、10数年前、これほどまでに吉本興業の芸人がテレビに跳梁跋扈する以前、関西人という人種がある種のステレオタイプとして認識されていた時代があった。
 いわく、でんがなまんがな、
 いわく、通天閣、
 いわく、道頓堀、食い倒れ人形、たこ焼き、

 阪神タイガース。

 そうした大阪的ガジェットの中に「うどん」というものがあった。

 そう、「うどん」は関西の属性だったのだ。

 

「東京のうどんなんか、ダシが真っ黒うて塩辛いばっかりや、あんなんうどんちゃいまっせ。デンガナマンガナ!」

 というのが当時『みやこびと』東京人が関西人を理解するためのフレーズであったのだ。みやこびとというのはもちろん嫌味であるので京都人は僕のところに爆弾を送りつけないように。

 これは関西というものが異物であった頃の話である。

 よく考えれば日本第二の都市から東京に人が来ていなかったはずはなく、昔から関西人は首都圏に相当数存在していた。だが、ほとんどの地方出身者と同じく、関西人も自らの関西人性を声高に主張しようとはせず、東京文化に同化しようと当然していた。

 だが、一部のラディカルな関西人だけが東京風に宗旨替えすることなく、コンプレックスの裏返しからくる関西文化の喧伝をしていた時代があった。このような時代には、関西とはまさに東京人にとっては異文化を象徴する記号であったのだ。

 時は流れ、いまや関西は東京と同質化し、またお笑い文化のシェア席巻により逆に首都圏の文化の一部を関西化することに成功した。その結果ラディカルな関西人が奇矯な行動をとることもなくなり、また多くの関西人が緩やかな関西弁を保持することが許されるようになった。東京分化と関西の文化が一部緩やかに癒合し、先鋭的な『関西』は姿を消したのである。

 そして新たな辺縁から、うどんの総本山、讃岐がやってきた。

 

 讃岐うどんというものがこれほどメジャーになることなかったあの時代、うどんといえば関西の代名詞であったはずだ。だが今では大阪がお国自慢として主張していた「うどん」はひっそりと舞台の上から片づけられてしまった。今、大阪人が『おらが自慢』でうどんを持ち出すことはない。「大阪」が先鋭的でない今、差異を際だたせるイコンを強調する必要はなくなるからだ。

 無理もない。そもそもが、大阪のうどんは東京の「そば文化」に対抗すべくひっぱり出してきたアンチテーゼに過ぎず、それほど声高に喧伝されるような名物でもなんでもないのだ。お好み焼きやたこ焼きなどにみられる一連の大阪粉食文化の一角を担っているに過ぎない。うどんだけで成立するフィロソフィーはないのだ。

 だが、讃岐は違う。讃岐のうどんは本気である。もちろん本気と書いてマジと読むのである。東京の、そばつゆから作っただしに対して、大阪のうどんは薄口醤油を使って鰹・昆布などのしっかりしただしがアドバンテージであったが、讃岐のうどんはまず麺自体の旨さに徹底的にこだわっているところから、異質さを感じさせる。出汁などつけず麺を直接醤油で食うというのは、先に挙げた関東関西のだし勝負自体を放棄しているわけで、ある意味暴挙に近いが、そういう食べ方をしても旨いのである。かなうはずがない。

 讃岐うどんにはまちがいなく、うどんだけで成立するフィロソフィーがある。そしてそういったバックグラウンドがあるものだけが勝ち残るのである。
 

 ハーゲンダッツに取って代わられてしまったサーティーワンのアイスクリームのような、至極中途半端な地位にあった大阪うどん。

 だが、あれで青春時代をすごしたからかもしれない、僕はあの今の讃岐うどんにはないぼそりとした麺が時々懐かしくなったりするのである。

 うまいまずいはともかく、味というのは思い出だ。まずくても、そのまずさこそが思い出になる。
 
 これは、一つの思い出の風景。

 木枯らしの吹く駅の構内で立ち食いの月見うどんを食べる。細かくしわのような傷が入ったプラスチックのコップに、氷の入っていないぬるい水道水。待ちながら昆布か梅の入ったおにぎりかお稲荷さんを食べようかと迷う。すこしべとつく台にコートの裾がつかないように注意して丼を持ち、一味唐辛子をふりかける。赤い瓶に入って真ん中に穴が一つだけ空いているやつだ。セルフサービスの天かすをすこし多めに振りかけてからいつも後悔する。

 麺には大してコシがなく、パックの中に入っていたときについたよじれがまだ残っている。そのよじれがとれた頃には生白い麺はどんぶりのなかでくたっとのぼせてしまっている。はしっこの方はだしに溶けて半分溶けかかった麺を味わうと、絶妙にぬるく、同様に絶妙に塩気が少ない。しかしだしは化学調味料らしく舌先にぴりぴりとした刺激を感じる。月見の黄身をいつ食べるかで、いつも迷い、中途半端なところでやぶってしまう。

 お腹が重くなるまで汁をのみ、店をでる。ほんだし臭いげっぷをすると、寒い構内に吐く息は湯気のようだ。腹と、丼を抱えていた手の平だけが温かい。掌の熱が逃げないようにコートのポケットに手を入れ、足を速める。

 死ぬまでにあと何回僕は立ち食いうどんを食べるだろうか。そしてこの聖域にも、讃岐うどんは進出してしまうのだろうか。

(Dec 2003初稿)