Web日記 匿名性とバレ

—Web日記4



 古来より、日記というものは著作物の中ではプライベートなものに属する。読者は基本的に自分。場合によっては後世の人間に読まれることを意識することもあるかもしれない。だが、同時代人には読まれることはない。

 一方、俗にインターネット、正式にはWorld-wide-webは 「同時代」に世界の「不特定多数」に文章を配信するシステムである。

 組み合わせとしては、これほど相反するものもあるまい。

 それにも関わらず、いや、それ故に、Web上で日記を公開するという行為(以下、Web日記と称す)には新しいメリットと、新しいデメリットが生じている。



匿名性:

 宇多田ヒカルならいざしらず、普通の社会人である我々は、実名をインターネットで公開すると都合が悪いことが多い。

 なにしろ、インターネットでは情報がすべての人間に開かれている。安易に実名を公開した場合、ひょっとすると現実世界に妨害を加えようと思う人間がいるかもしれない。そうそう悪意のある人間というのはいないが、日本全国、もしくは世界レベルでは確実に居る。

 それに、Website管理人同士の喧嘩というのもちょくちょく目撃するし、そういう場合トラブルの確率は際限なく上昇する。

 少なくとも、Web日記において、姓名を完全に公開しているサイトは少ない。
 

 さらに我々は、個人が特定できないように名前だけでなく我々に属するものの固有名詞も出来るだけぼかそうとする。

 例えば所属している会社、使用している駅名、住んでいるマンションの名などなど。これらの名前が特定出来ると、そこから個人名まで辿り着くのは容易かもしれない。

 まぁ、個人名が特定できたからといって、それが必ずしも不利益をこうむる訳でもないのだが、ネットでの匿名(もしくはハンドルネーム)は、実生活での個人とネット界の個人という人格を区別するのに丁度よい役割を果たしている。

バレ:


 まぁ、今まで述べた匿名のメリットというのは「不特定多数から自己を露にするのを避ける」ということなのだが、実はもう一つメリットが存在する。

 「自分の周りの人達(職場の仲間や家族)からホームページの存在を知られないようにする」というメリットだ。

 実際、ホームページに会社の愚痴や上司の悪口を書いていたりするときは、自分のサイトを知られてはまずい訳である。たとえ今そういうものを書いていなくても、職場の仲間が常に見ていることを前提として書く場合、筆が鈍りがちだ。

 そして、匿名のまま書いていたのが露見してしまった場合、つまり周りの人にバレてしまった場合、これは初めから公開して書いている場合よりも都合が悪い。この状態を「サイトバレ」と言う。

 三大サイトバレというと
「彼女バレ」「職場バレ」「家族バレ」ではないかと思われる。


 実はつい先日「彼女バレ」というのを体験してしまったわけですが3/22日記参照 やはり大変な事態になった。

 職場にバレるのも、それはそれで様々な悪影響はあるだろう(とりわけ職場の特定の個人の悪口なんか書いていたりなんかしたら……!!)が、彼女バレはそれではすまされない。

 西洋社会のような個人主義が浸透している関係であれば良いが、「わけへだてなく、かくしごとなく」的な共依存関係にある場合、黙ってHPなんて作っていようものなら修羅場ラバンバの阿鼻叫喚である。実際そうなった。

 そんなこと言われたって自分の中でだって人格の統一出来てないんだからしょうがないじゃんとも思うのだが、要するにウェブサイトのことを隠しているということはパートナーとして認めていないということで、非常なる侮辱であると、これが向こうの言い分なのである。



 まぁ、確かにそうかな、とも思う。

 だけど、どんなに親しくなっても分かり合えない部分というのはあるはずだし、そのすべてをあけっぴろげにするのは気持ち悪い。僕にはムリだ。

 現代社会は複雑だし。僕には色々な要素がある。
 本の好み=χ1、医学=χ2、音楽=χ3など、などnの要素があり、
 その総和をあらわすn次関数

 ƒ(χ123,……χn)

 が私という人間である。

 夏目漱石や森鴎外は西洋的な近代的自我と日本的な人格との葛藤に悩んだものだが、ポストモダンの時代を生きている我々にとっては、もはや分裂状態が恒常的に続いている。このn次関数のnもある程度大きい数になっているのだ。

 実生活で触れあう彼女という存在は残念なことにすべてのnに対して私とジャストフィットするわけではない。私のすべてを受け入れてもらえるわけではないのである。
 n次の多元方程式ですべてマッチする人間は、もはや他人ではない。逆に世の中にはあるnに関してのみ私とフィットする人も居ると思う。そういう人と知り合うのがウェブサイトの良さではないかと思うのだ。