Bird's eye view

私はどのような人間か:


 僕は古いタイプの人間である。

 しかも困ったことに男なので、自分の置かれている立場だとか肩書きだとか、今立っている自分の位置だとかを確認しないと前へ進むことができない。それに比べると当世の女の子は実に奔放に生きているのを羨ましく思ったりする。

 先だって『話の出来ない男、地図の読めない女』という本がベストセラーになったが、蓋し男女の問題解決方法の違いを言い当てていると思う。男性は問題提起から解決まで論理的な筋道を描いて答えを導く事が多い。それに比べて女性はあまり論理的整合性は気にせず直感で解答に辿り着くことが多い。

 この違いは、男性が論理構成能力に長けているせいではないと思う。むしろ、女性が直感力に優れているためではないかと私は思っている。

 男は女に比べて世界を感じる皮膚感覚が欠けているのではないか。そのために「理性」という言葉でごまかしてはいるが、回りくどい推測・思考を繰り返さないと目的地にたどり着くことはおろか、前に進むことすらできない。そのかわり、一旦思考の筋道が出来た場合強力に論理的思考を押し進めることが出来るし、普遍性を持ち説得しやすい。

 これはまるで潜水艦の様である。鳥なら適当に飛び上がって目的地にまっすぐ飛んでゆけばよい。だが、潜水艦は海図が無いと動けないし、自分の現在位置を確認しないと前進する事だって恐ろしくてできやしない。
 
 というわけで、私は「見たものそのまま」を信じるタイプではなく、いろいろ付与された情報を統合しないと判断できないタイプだ。

 勿論、ふつう人はこの二つの傾向の両方を持っているものなのだが、私は些か後者の方に傾きすぎている。『嗅覚』や『皮膚感覚』よりも、『視覚』優位の思考様式をとりたがる。


 そういうバランスを欠いた人間には普通では考えられない弱点というのがある。
 『判断』という局面に対して並はずれて鈍重であること。

 また、複数の疑問がどんどんと発生する場合、そこで思考が停止してしまうということだ。

 『はてしない物語』で千の扉の寺というのが出てきたのをご存じですか。また、映画『Cube』ってのもありましたね。ああいう
「自分がどこにいるか判らないのに次々に判断を迫られるという状況」
が非常に辛い。

また、たとえば、呑んでいるときの世間話で、血液型・何型?とか、兄弟何人いる?とかそんなの当てっこすることあるだろ?
僕はそういうの答えられないんだ。勿論適当に答えることはできるし、1/4以上の確率で当たる。だけど、答えを口に出すのにとても抵抗がある。
嘘をつくことを強要されているインデアンみたいなもんだ。
可能な限りこの手の質問に対して返答を避けることにしている。

また、初対面の人間に対する対応も苦手だ。人間嫌いと言うことは無いのだが、相手のツボが判らないとどんな冗談を言えばいいのかとか、そういうのが判らないから。初対面ではできるだけ存在を殺す様にしている。

勘が悪いんじゃないんだぞ。むしろ他の人がなにを考えているか察する能力は常人よりはある。
ただ、嗅覚に頼ることをできるだけ避けているのだ。