Electric Piano



 エレピを買った。

 買ったのはYAMAHAのS-60という、6万円くらいの廉価版のやつである。別に高いのを買ってもよかったのだが、所詮まがいものピアノである。

 たとえば、イミテーションの宝石の入った安いアクセサリーで、高いものを買い求めてもしょうがあるまい。

 鍵盤がある程度重くて、88鍵そろっているやつ、というのが絶対条件だった。逆にそれ以外にはなにも注文はない。カシオのはさすがに安かったのだけれど、触った感じがどうもプラスティッキー過ぎる印象があったので、これにした。ヤマハはさすがピアノメーカーだけあって、鍵盤は重めだ。
 
 僕はピアノが弾けない。

 トロンボーンは15年以上やっているからそれなりに吹けるけれど、幼少時からピアノとかやっていればもうちょっと音楽をやるに際して高みを目指すことができただろうに、と思ったことは少なくない(※)。

 中高生の時は普通に吹奏楽をやっていた。それはヘ音記号の単音の楽譜を読めて吹きさえできればなんとかなるのである。しかし大学に入ってジャズを演奏するに際しては、やはりコード楽器をいじった方が理解も早い。音楽的バックボーンの貧しさで、当初はやはりアドリブソロを吹いたりするのにずいぶん支障があった。

※ちなみに、そのことは親のせいにもできない。 私が6歳の頃ピアノを習い始めた姉を横で見ていてせがんだ私にも、親はピアノを習わせようと先生のところへ連れて行ったのであるが、結局飽きがきて、半年くらいしか続かなかった。自業自得。
 トロンボーンのためのジャズ譜なんて、そうそう売られているものではない※。自分の演奏したい曲が楽譜で提供されるということがほとんどないので、基本的にはCDやレコードを聴いて、耳コピで楽譜にするのである。自宅でコピーするためにキーボードは必要だったが、学生の時は一万円くらいの安いカシオのキーボードを使っていた。鍵盤の数も少ないが、なにより圧倒的に軽いし安いし、手軽であったので、それでコピーをしていた。もちろん指はぜんぜん回らない。ほんと、コピーしていただけ。
※これは僕が学生の頃の話で、今は少しましになった。ジャズライフなどのコピー譜を丹念にたどれば少しはある。この10年で出版されているジャズの譜面の数は格段に増えたと思う。


 ソロをするためにはフレーズを理解しなければならず、絶対的な必要に迫られてそのうちにコードを押さえるようになった。

 CDの中で、トロンボーンの音だけを追いかけても、そのアドリブソロは楽譜上をどんどん流れるあくまで一本の線に過ぎないが、その時その場所での音の選び方は、リズム楽器のやっていることを理解する必要がある。楽譜でいうと、アドリブソロは水平方向(x軸方向)の変化とすればコードという物は垂直方向(y軸方向)への拡大である。

 いずれにせよスケールとかを段階的に理解していく過程で、コードの機能やリハーモナイズなどを習得し、立体的にコードの流れを自然に会得するものである。幸い、周囲に教えてくれるピアニストには事欠かなかったから。

 結局のところ、今でもピアノは弾けないのだが、そういうトレーニングの過程でコードは押さえられるようになって今に至るのである。

 楽器としてのピアノのトレーニングはしていないので、運指などは非常に拙い。それから、一杯和音が書いてある楽譜もすぐには読めないので、いわゆるピアノ譜もちゃんと弾けない。

 だが、メロディーとコードの書いてあるソングブックを見て、コード弾きはできる。基本的にバップのアドリブありきで勉強したもんだから、流れにそって代理コードや難しいテンションも適当に入れて弾くことはできる。むしろ適当に弾いているせいで2コーラスと同じ様には弾けない。

 バップに限っては、CDを聴いてメロディーとアドリブで、オリジナルコードを採譜することもなんとかできる。

 一般的な習得のコースと逆を辿っているから、しかし僕のピアノの弾き方は相当奇異にうつるようである。スタンダードブックをみて適当にコードをつけて弾くことはできる。聴いている人はいかにもピアノが弾けるような印象を受けるようだが、じゃあバイエルが弾けるかといったら、多分弾けない。『オトナのピアノ』のようなポピュラーソングのピアノ譜も弾けない。でもその楽譜の左肩に付いているコードを見ながら適当に弾くことは出来る。ジャズでよくあるようなテンションは勝手に入れるから、なんかそれらしくはなる。それから、テーマの後、アドリブソロも弾けるが、その時は左手はお留守。頭がトロンボーンになっているから(笑)。

 子供の頃からピアノをやっている人にはたいそう不思議がられる。

 でも、それでは困るので、ようやくエレピを買ったのだ。本当、ようやくだ。買いたいと思ってからもう五年くらい経つもの。

 やはりカシオのへなへなキーボードでは楽器としてのピアノは練習できない。キーも軽いし、なによりタッチセンサーすらついていないのだから。

 これで、ようやくピアノの練習ができる。今は、一時間くらい弾いていたらすぐ左手が攣りそうになるけど。

 夜中一時頃研究室から帰って、ハノンを練習したりしている。今はドラクエのようなロールプレイングゲームはやらないが、こうしたちょっとしたことが僕にとってのドラクエなのだ。ハノンはスライムだ。スライムを倒して経験値を貯めている。楽しい。でもすぐ飽きるだろう。ドラクエと違って僕はそんなにすぐは成長しないもの。
 

 ちなみに電子ピアノは結構でかい。取り出した後、梱包された箱がこれまたでかくてほとほと困ってしまった。僕が中に入れそうな棺桶じみた大きさだ。こういう物捨てるの結構面倒くさいんだよねー。大体、この辺のゴミの出し方が未だにわからない。隣人達に倣いたいのであるが、この近所はあまりモラルがよろしくない界隈で普段のゴミでも平気で袋の中に缶とか入っているし、指定日でない日でもいつもゴミが置かれている。

 思いついて、下半分を家具でふさがれている大窓の下の方に置いてみた。

 冬は、冷気よけになるだろうという考え。外からみればさぞかし色気がないのだろうが、僕はずっとカーテンを閉めているので、部屋にいる分にはあまり支障はない。

(2004.Dec初稿)