Tempur



 この2004年8月、念願のテンピュールのマットレスを購入した。

  忙しいときは家に帰っても「ばたんきゅ〜」の毎日である。家での生活を切り取ってみれば、ベッドの上に寝たきりとほとんど変わらない。

 (ところで、ばたんきゅーであるが、ばたんはわかる。でも、きゅ〜?きゅ〜ってどうなの?)

 初めてこの低反発マットレスを見たのは5年前、学生時代も終わりの頃、神戸の東急ハンズだったと思う。寝具コーナーに置いてあったのを触って、感動したが、たしかマットレスだけで15万くらいの値段だった。学生の身にはそんなもの検討にも値しない。「すげぇ」で終わったように思う。
 というわけで、5年越しの邂逅である。可処分所得が増えるにつれ、徐々に手に届く存在に変わっていき、たまたま岡山にテンピュール代理店があるというのを聞き、ふらふらと見に行ったところで、しっかり魅了されてしまい、今に至ったわけであるが、最近の物欲の総決算といってもいいこれ、結論から言うとやはりいい買い物だったと思う。
 

 それまで使っていたベッドは、島根にいたときに買ったホームセンターの安ベッドだった。マットレスに足だけがついている、例えば無印良品などにあるような代物である。

 しかし安物買いの銭失いとはよく言ったもので、まだ買って四年くらいしかたっていないのに、スプリングはきしみ、木のフレームの一部が折れてゆがんでしまった。寝れば当然のように腰が痛くなるので、デスクワークで一日の大部分を過ごす昨今は、ずいぶん体にこたえる。

 とはいうものの、ベッドを「捨てる」というのはずいぶん面倒なのである。

 そもそも粗大ゴミの出し方を知らない。

 大抵引っ越しした際に自治体によって異なるゴミ捨てのガイドが書かれたパンフレットを貰うのだが、独身者の常としてそういうことにはルーズであり、必要な時にはどこに置いたのかわからないのである。ベッドを買うこと自体にはそれほど問題はないはずなのに、買い替えに付随するもろもろの手続きがうんざりする。そうなると私の悪い癖で、とりあえず放っておくわけである。

 しかしそうこうしている間にも、私の体重は増え続け、ベッドは私の重量、時には私よりはいささか軽いもう一つの重量物が時にはプラスαされ、おまけにそういう場合ゆっさゆっさしたりする負荷も与えられたりしたために、ベッド君の脊椎損傷は確実に進行していたのであった。もはや木枠は一目でわかるほど湾曲してしまい、しかたなく下に古雑誌などをおいて平らにしてみたものの、(この用途には、消化器病学会誌が私のレパートリーの中ではもっとも優れているように思った)今度は上に乗るだけでギシリと不吉な音がするようになった。

 寝返りをうったりするだけでもベッドのきしみで目が覚めるような始末で、湾曲こそ食い止められたものの相変わらず寝心地はよくないわけであって、ここに至って案件は「ベッドを買い替えた方がいい」から「買い替えなくてはいけない」に格上げとなったのが一二ヶ月前の話。

 それからいろいろ物欲雑誌をみて物色していたのだが、ベッドそのものを買い替えるのは、上に挙げた理由で、やっぱりめんどくさいし、掃除機の話でも書いたけれど、いつまで独身生活が続くのかよくわからない。

 ベッドは生活形態によってずいぶん趣味嗜好が変わるものである。セミダブルを買った友人の話をきくと、そういう大きなベッドの方が楽かなぁとも思うのだけれど、もしたとえば来年結婚するのであればセミダブルはいかにも中途半端であろう。それに自分の部屋はワンルームであり、ワンルームに大きめのベッドが鎮座ましましている図は気恥ずかしいような気さえするわけで、とりあえずベッドの廃棄は先送りにして、ベッドの上に載せられるマットレスを買うことにしたのでした。どうせ買うならテンピュール。ということで、注文して、届くのは来週以降。楽しみではある。
 
 さらに、その前に使っていたベッドはというと。

 僕は中学時代から親元を離れ下宿していたのだが、その旅立つ中学一年に買ってもらったパイプベッドで、板があって、その上に布団を敷くタイプのもので、まぁどうということもない代物である。

 大学卒業までの計13年間、僕はこのベッドで起居した。そういえばこのベッドを使っていた頃はマットレスのあるベッドが欲しくてしょうがなかった。『安物ベッド』ってさっきは書いたけど、スプリングの入ったベッドにしてからがあのころは憧れの対象だったんだ。
 

 注文から約一週間後、宅配で届いた。

 厚さ15cmのマットレスを買ったのだが、よくある8cm厚のと違って3つ折りとかじゃないんですね、一枚のぼよんぼよんとした板、という感じである。普通のマットレスはスプリングが入っているのでもう少し固い物体だが、芯のないぼよんとした、巨大な杏仁豆腐を想像して頂ければよい。

 曲げないと玄関から入らないので、部屋の外で梱包を解いて運び入れる。一枚の板をぼよんぼよんしながらずりずり運んでいく様は、まるでネズミがはんぺんを自分の巣に運び込んでいるようだと、ちょっと思ったりした。というのは、あの大きさの物体の持つ弾力としてはやはり特異で、どうもスケール感が狂ってしまうんですよね。(※)

 正直いって、買った瞬間の寝心地は、「ん?」という感じだった。確かにいいけど、そんな突き抜けた気持ちよさはないなと。しかし、3日4日と使い続けるに従って、だんだん良さがわかってきた。うん、確かに疲れない。考えてみればちょっと寝ころんだだけで気持ちいいなんて、幻想なのだ。背中の皮膚の感じ方は、外生殖器の粘膜のそれとは、少し違う。

 たとえていえば、外食で食べる食べ物の美味しさではなくて、毎日食べるごはんのお米のおいしさとか、水の美味しさとかそういうものと似ている。

 テレビ番組などでは、こういったほんのわずかな違いに対して「美味しいお米〜〜」とか「うわぁ、水、おいし〜〜」など、ことさら大仰に驚嘆してみせる。だから僕たちもそう感じてしかるべきだと思いこんでしまっているけれど、あれは、明らかにわざとらしい。ああいう風に興奮してぎゃあぎゃあ騒ぐような類のものではないと思うのだ。一週間ほど試したあと、うん、と小さくうなづくくらいの納得が、適当なのではないか。

 今回の僕のテンピュールもそうで、実にほんのりとした差異、しばらく使って初めてはっきりとした違いを感じることが出来る類のものである。
 だけど、なんだかこういうものを買った興奮は、テレビ番組のようなダイレクトな感動が得てしかるべきだと、思いこませていたのだと思う。だから、「あれ?」という違和感を感じたに違いない。テレビ病だ。

※スケール感であるが、  ジャズ研(正確には軽音)の友人でウッドベースの連中なんかは、楽器を部屋に置いていると、あの楽器のばかばかしいまでのスケール感の割に、形はバイオリンと一緒でしょ、どうもこびとの家にすんでいるような気持ちになってしまうのだった。

 というわけで、テンピュールのマットレス、確かにいい寝心地ですが、「わぁ〜テンピュール寝心地最高〜〜!」と声高にアナウンスメントするようなものではない。

 ほんのりした寝心地のよさ。

 個人差もあるだろうし、誰にも最上の寝心地を約束するものではないと思うが、僕にはあっているようで、ずいぶん肩こりは楽になりました。

(2004 Sep初稿)