傘と私


 朝起きると、めずらしく土砂降りの雨だった。
 しかも傘が家の中にない。一生懸命探すふりはしてみたが、自分の中でないとわかっている。明らかにないのだ。バイト先の病院に一つ忘れてきている。

 だいたい、家の中に傘がある事の方が少ない。

 しょうがないので、ずぶ濡れになり大学へ向かう。徒歩五分という距離ながら、でも、みるみる服は黒くなってゆく。1分も経てば水玉ではなく、真っ黒になってしまった。

 寒いよう。

 ずぶ濡れの、小太りのおっさん一人佇みぬ。
 

 傘との私との関わりは、いつも私を憂鬱にさせる。
 それは、私という人間の欠点というか弱点が、傘という事物を通してみると実に露わになるからでる。
 

 すでに散々かいているとおり、私はがさつな人間である。自分では「ディフェンス力に欠ける」と言っているわけだが、そういう私は、実に傘をなくす。

 この性向は実に小学生の時からで、不幸にも僕に買われた傘の多くは天寿を全うできなかった。雨の日にさしていった傘は、帰るときに晴れていればほぼ70%の確率で無くしていたように思う。まぁ、小学生であればそれは「置き傘」という形でストックも出来たし、せいぜいが学校から家までの通学路の間である。しかし、大学生、社会人になったりして、出歩く場所が何カ所かにわたると、その場で忘れた傘はもう二度と取り戻すことが出来ないのだ。おまけに途中で公共交通機関を挟むようになると、ますますいけない。電車、バスで傘を忘れる確率と来たら、とても書けないくらいだ。公共交通機関は、鬼門だ。

 学生の時分はちょっとくらい雨に濡れても気にしないという風に切り抜けてきた。いちいち傘を買っていては出費が莫迦にならないし、そもそもそうやって傘を浪費する事に対する後ろめたさもある。資源の無駄だからね。学生の頃はほとんど傘なしで過ごした。ひどい雨降り以外は、案外なんとかなるものである。

 しかし、社会人になった今は少し違う。社会人になったからか、それとも年のせいか、最近は雨に濡れた自分を実に惨めな気持ちで眺めているもう一人の自分がいる。20歳くらいの若者が雨に濡れているのはまだいいのかもしれないが、もうすぐ三十路にもなりなむとするみすぼらしいおっさんが雨に濡れているのは、いろいろ具合がよろしくない。風景としては見るに堪えないと自分でも思うようになった。

 しかし、これほど傘をなくすのでは、高価な傘はやはりとても買う気にはなれない。馬鹿馬鹿しすぎる。結局ビニール傘を出先で買ったりとかそういうことが多くなる。実際こうしたビニール傘は、家に帰るときまで保たないことすらよくあるのだが。

 で、気づいたのだが、雨に濡れている30くらいのおっさんもみすぼらしいが、ビニール傘をもっているおっさんも見ようによってはみすぼらしいのではないか。いずれにしろ、今僕が追い込まれている場所は、格好悪いと思う。幸い今住んでいる岡山という土地は雨がとても少ない。こうした追い込まれた状況に後悔する回数が少ないから、こうしたふざけた態度にとどまれているのかもしれない。
 

 医者になって島根県で研修医をしていたのだが、そこはとにかく雨が多かった。山陰というのは日照時間も少なく、ほとんど曇っている。岡山は「晴の国」というらしく、晴れの日が日本でももっとも多いらしいが、山陰地方はその逆で、とにかくしとしとと雨が降る日が多い。島根に「弁当忘れても傘忘れるな」という謂いがある。それくらい傘は大事ということだ。

 しかし、研修医時代の頃は逆にあまり傘は必要としなかった。住んでいたのが官舎で病院のすぐ裏だったし、それ以外の場所に行くときは大抵車であったから。それにそれなりに一日中病院の中にいたから、あまり傘の必要性を感じなかった。

 むしろ現在の方が傘の必要性が高い。バイト先などに移動する機会が多く、その際には車ではなく徒歩+公共交通機関を使うからである。例えばいつもいくバイト先へは家から近くの停留所へ歩き、バスで駅にゆく。新幹線で移動し、そこからバイト先に徒歩で。この乗り換えの各ポイントで傘を無くしそうになるのだから、たまらない。ちゃんと家から傘もって出て、もって帰れたことはほとんどないといっていいだろう。

 もう一つの問題は、泊まりのバイトの場合、天気が変わっていることだ。瀬戸内地方では二日連続で雨が降っていることはあまりなく、大抵傘を持ってでた翌日は晴れていたりして、そういう場合、なおさら傘を忘れやすい。まったく、たまらない。
 
 今日も雨。
 共同医局から使っていなさそうなぼろぼろのビニール傘を一本失敬する。
 傘は天下の回りものである、と僕は言い訳のように呟く。
 この傘は半年前に自分が置いたものかも知れない。だが、それを確認するすべはない。

 雨足はつよく、小さな傘ではあまり役に立たないだろう。足元は灰色になり、これ以上濡れないように僕は小股でちょこちょこと家路についた。

 案の定、ずぶ濡れになった。

 が、服を着替える気力もなく、そのままベッドに倒れ込む。
 聞こえるのは、小雨が地面を打つサーという音と、冷蔵庫のコンプレッサーのうなりだけ。

 

 寂寥感に似た感覚が雨降りの夜にはある。

 足の先が冷たい。