物欲執着気質


 日記の端々に書かれている通り、ぼくはモノ偏執狂です。なおかつ愛書家かつCDコレクターであったりするわけで、『Mono Magazine』と『ラピタ』『pen』あたりは欠かさず読んでいるどうしようもない人間でありますが(※)、そういう僕の性向のなかで唯一特異なのは、即時性というものにまったくこだわらない、という点でありましょうか。別な言い方でいうと、『衝動買い』がすくないんです。

 モノ、本、音楽、情報、など結構アンテナを張って、新製品のチェックなどはぬかりないのですが、しかしそれらのものをできるだけ旬なうちに手に入れようという欲求だけは、僕の中では比較的希薄です。

 本に関していえば、話題の新刊書などは絶対に買いません。単行本は重いし、かさばるし、おまけに高い。もちろん読みたい本もあります。だけどじっと我慢します。人生という時間の中では、新刊が文庫になる三、四年などは大した時間ではないから。

 たとえば、村上春樹の『海辺のカフカ』、まだ読んでません。文庫に出た春樹作品は一応すべて目を通している(つもりの)私ですが、いくら敬愛する作家の本であれど、すぐは買わない。じっと我慢。そして、文庫が出れば、買う。

 こうした「待ち」の時間が、ちょうどよいフィルターになっているのは間違いないようです。新刊で出た瞬間の話題というのは、読者の間での評判だけでなく、出版社が意図的に打ったパブリシティも含まれているので、まあアテにはならない。時間というフィルターによって、下らない本を読む羽目に陥るのを随分防いでいるのではないかと、僕は思っているのですが。

 ノルウェイの森の永沢先輩のように「死後30年を経ていない作家の作品は読まない」とまではいかないですけれども。

 まぁ、こうした購入が鈍い最も大きな理由は、本棚が飽和状態であることなんですけどね。
 

 音楽の趣味なども、ジャズ、ブラジリアンポップスなどですから、新作が出すぎてしようがないという状況ではありませんし。音楽趣味も、最新チャートを追いかけないタイプであることはこうした傾向を助長していると思います。それともこういう性格だからこういう嗜好になるのか。鶏が先か卵が先か。

 もし、僕が今のようなモノ偏執狂に加え、「我慢ができない」男であったなら、新刊はすべて買ってチェックし、映画はロードショウの段階で一通り目を通し、初回限定モノは必ず押さえ、パソコンやデジカメも性能の良い新機種が出ればすぐ買い替え(スタパ斎藤先生状態で)、きっと少なくとも今の五倍以上はお金を浪費していることでしょう。それはそれで一つのライフスタイルであるし、そういうものにまつわる快楽は否定しません。しかし今の僕にはそれが楽しくないというに過ぎない。

 しかし、こうした嗜好の唯一の欠点が、新しい音楽や映画や、本のことを日記に書きづらい、ということ。発売されてから幾年か月日が経ち、やや手垢のついたものしか僕には書けなくて、それがWeb日記をしてゆく上で困ったことでしょうか。ブログなどはやはり新しいモノに価値が高いので、ブログにも向いていないっぽいです。

※ というか、そのほかにも m's magazine、Goods Express、Begin、サライ、デジモノステーション、Brio、週刊アスキー、 Dime、Elle Deco、MdN、Web creators、Jazzlife、Latina、などが僕の半定期購読雑誌です。
 ずらっと挙げてみましたが、こりゃあ、ダメ人間だ。
  (2004.May日記 Dec改稿)