朝が早い:

 

 僕は比較的朝が早い。

 今日は7時10分に病院に着いた。いつも大体6時くらいに目が覚めて、7時から7時半の間には病院に着くようにしている。朝が早いと色々いいこともある。人がいないので仕事もはかどるし、朝一番に前夜の報告を受けることが出来る。

 まさに「早起きは三文の徳」ということわざ通りである。

 シニカルに捉えると、これらのメリットというのもあれば便利だという程度で絶対に必要というわけではない。せいぜい「3文」程度の値打ちしかない、ということもできるのだけれども。

 そういう意味ではこのことわざは早起きに対して良い悪い関係なく過不足なく評価しているわけである。
 

 ただ、思うに、朝が早いって、あんまり色気がないような気がする。

 僕は昼と夜どっちかというと昼の方に属している人間だ。夜は自分から飲みに行くことはあまりないし、そういう人間にはそういう雰囲気が次第に醸し出されてくるようで誘い自体もなくなってゆく。時折寂しく思うこともあるが、生来の性分がそうなので、それほどでもない。

 だが、世の中には夜が生活の中心の人間だっている。というか、10代、20代の独身の人間はむしろそっちのほうが多いのではないか。僕も仕事をするまではそうだった。高校生までならいざ知らず、大学生で朝7時にきっちり起きて毎日学校に行くという生活というのはむしろ少数派だろうし、そういった「規則正しい」人間の規則正しさというのは称揚されない。

 思えば修学旅行がすでにそういう傾向の始まりであった。

 修学旅行では消灯時間が過ぎても起きていなければいけない。これは仲間うちでの大前提。いくら教師が見回りしても、禁止するのはムリだ。構造的にそうなのだから。

 思春期になることで子供の時分には許されなかった深夜の領域に立ち入ることを許される。要するに、深夜デビューを果たす嬉しさが彼らを深夜に駆り立てるわけである。若者が深夜ラジオ番組に聴き耽るようになるのもきっと同じ理由であろう。

 そして大学生(最近は高校生もだが)になると、おおっぴらに深夜の時間に活動することを許される。夜はやはり昼の世界とは違う。そして深夜を楽しむ年代というのは性的活動期とシンクロしているのである。夜は昼に比べて性と接近している。

 深夜という禁則を解かれたことと、性への欲求により、若者は深夜を楽しむ。

 夜に我々は美しく着飾るのも無理はないのである。

 私は首尾一貫して早起き人間である。性的魅力がないとは思わないが、朝から起きて思索に耽る私は我ながら色気がでていない。

 と思いながら、今日も僕は早起きなわけだけれど。

 朝6時に街を歩いていて、美人に出会うだろうか。

 夜9時に街を歩いていたら、美人に出会うだろうな。

 僕にとって唯一不満なのがこの点なのである。