散歩中の光景:



 市中病院に勤務している頃の話である。

 日曜日、病院に少し顔を出した後、街へ出掛けた。

 病棟に担当患者さんがいると、一人くらいは重症の方がいて目が離せない。土日もできるだけ少なくとも一度は病院に顔を出すようにするのが担当医のつとめだと僕は思っている。しかしそれを遵守しているとどこへも行けなくなってしまう。遠方に出掛けるとなるとその間患者さんを誰か他の医者に頼む必要があり、事前の準備と覚悟が必要なのである。彼女に「どこか行きたいな」とさりげなく提案されても気持ちが病院に半分残っている私は冷たい生返事をしてしまい、結果的に半日だけぽっかりと空いた一人の時間を近場で埋め合わせる羽目に陥るのだ。

 忙しい忙しいと普段こぼしている割に、時々散歩なんかをしているのはそういうわけなのである。

 この街の駅前商店街は古い家並みで散策するには良いところなのだが、いざ買い物となるとあまり食指が動かない。なんせ店自体が骨董品もので、「なんとか紳士専科」とか「なんとか荒物店」とか看板自体も骨董品として売れちゃいそうな店ばかりなのである。おまけに店の半分はシャッターが閉まっているのであった。

 そんなわけで、縁側で半分昼寝しているようなトロリトロリとした街を、朝降っていた雨が上がって半乾きになった歩道の敷石をぺたぺたと歩き回る。水たまりのなかで西日が光り、やや橙色にそまりつつある街のなかで、時間はずれの朝食をとった僕は空腹を感じる。

 途中、個人商店の小さな本屋に立ち寄った。規模の割にがんばった品揃えで、何冊かテーマごとに置いてある『別冊太陽』に激しくそそられながら、高峰秀子が自分の家にある骨董をのんびりと紹介している本やなんやかやを買い、その本を抱えて蕎麦屋へ向かったのだが今日は休みであった。

 仕方がないので喫茶店へ行く。古びた建物には蔦がからまっており、薄暗い店内にはジャズがかかっている。おいしい珈琲を出す落ち着いた店で、何度か行ったことがある。

 だが、今日は様子が違い、落ち着いていなかった。

 カウンターにいる女性がウエィターの男性に色々注意をしているのだが、その声がキンキンとうるさい。スプーンをこちらに置けだの、伝票は机の隅に、客の視線に邪魔にならないように置けだの、アイスティーを置くときはグラスの滴を拭いた後で客の方に半回転くるりと回しておけだの。それこそ1から10まで事細かに教えているのだ。

 最初が肝心とばかりに、首根っこを押さえてトイレ砂に鼻をすりつけているような、そう、まるで子犬にトイレのしつけを教えるが如くであった。執拗にくどくどと説明し、間違うとぴしゃりと容赦ない。

 『愛の貧乏脱出大作戦』での鬼教官の指導を思わせるスパルタ式である。

 こちらは落ち着きたくて店に入っているのにこれでは台無しである。カウンターの奥から聞こえてくる声は大きく、聴くつもりがなくても耳に入ってしまう話を総合すると、どうやらこのウエイターの彼は中国人留学生で、バイトに入ったのも今日が初めてらしい。

 彼にとってはよくわからないのも無理はない話で、この女店員の教え方も正直言って上手とはいえないのである。彼のわからない部分を彼女はわかっていない。彼が間違える部分は彼女の予想外なので、彼女は彼が全く理解していないと思い、さすがに彼もわかっていることをまた1からくどくどと繰り返すのである。苛立つ彼女はますます彼を莫迦にしたような口調になり、やってられへんワァみたいなあきれたような笑いを常連客と交わす。

 なんだか、とてもいやな気分になった。




 がんばれ、留学生。


 と、思ったわけだが、店を出てから、「でもシチュエーションの割には悲壮感がないなぁ」と思った。

 なぜなのだろうかと考えると、当の彼自身も髪も微妙に茶色だったり服装も今ドキでオシャレだったりして全然『苦学生』といういでたちではないのでありました。

彼に対する応援の心をこっそりと3割引にし家路についた。

(日記だね。こりゃ)