終戦記念日


 気がつくと、終戦記念日である。

 とはいえ、最近の私は「記念日」というものと無縁で、ただ、いっさいの日常が緩やかな水の流れのように過ぎ去っていきます。

 昔から予定を立てて行動するのが苦手な男で、二三日後のことならわかるが、一週間後のであれば、そんな先のことなど、あらかじめ準備ができない。だから長期の旅行などは未だに苦手である。つまりは自分にとっては時間の流れは二三日前しか視界に入ってこない、ごく近視眼なものである。流れる時の中にところどころ存在する特異点、つまり記念日のようなものを味わう余裕がない。

 終戦記念日もそんな感じで、その日になって「そういえばそんな日だったか」と思い出すような塩梅。咀嚼する余裕もなく自分の眼前をどんぶらこと流れていってしまった。

 ところで、終戦の日がこのお盆期間中であるのは、それなりに効用があるような気がする。今の忙殺された自分であるからこそそういうことを考えるのかもしれないけれども。
 

 お盆の時期の暑い盛りには特別な時間が流れる。

 耳鳴りかと思われる程の蝉の大音声。
 それが最高潮に達したときに、逆にふっと静寂を感じることがある。
 まとわりつくような暑さと滝のような汗のなか、ふと肌にうすら寒さを錯覚する瞬間がある。
 喧噪の中の静寂、熱気の中の悪寒。

 そのような錯覚は、お盆という時期について回る不思議なコントラストだ。

 お盆というのは仕事も中断していて、静けさの中、自分の内なる声に耳を傾けやすい時期でもある。

 日本国全体が奇妙な静寂を迎える(前後に帰省ラッシュという喧噪を挟むが)この時期に終戦の日というものがあるからこそ、忘れっぽい我々も、否が応でも60年前の戦争のことに思いを馳せることができるのかもしれない。

 お盆はまた死者の魂が帰ってくる日でもある。

 すべての国民が靖国神社に参拝し、鎮魂するという現象は今後も起こらないだろうと思う。現状からいえばいささか現実味を欠くシナリオであるし、第一靖国に対して憎からず思っている私にとっても、もしそういうことが将来おこるなら薄気味悪いことのように思う。

 しかし、その時期、我々はそれぞれ自分の先祖に黙祷しているのだ。かつて自分の眷属のなかにもいたであろう戦争参加者を想起することは、靖国神社という媒体を介していないとはいえ、ある種の鎮魂行為であることは間違いない。

 あの当時、もし大本営がもう少し粘って、さらに二ヶ月ほど抵抗した挙げ句、本土決戦などを行っていたらどうだっただろうか。

 この場合、終戦記念日は11月くらいになるだろうが、もしそうなら、貴重な終戦の記念日は、師走も近づいた忙しい時期の日常に忙殺されてしまうだろう。英霊達の地下からの声は、都会の喧噪の中に、群衆の靴音にかき消され、我々の耳には届くことはないに違いない。

 声なき声は静かにしていないと聞こえてこない。

 聞こうと思えば、立ち止まって耳を傾けなくては。

 八月十五日というのは立ち止まって考えるにはよい日だ。この日以外であれば太平洋戦争のことを想起することはできないだろう。たとえば真珠湾攻撃の12月8日は、日常に埋没して省みられることはほとんどないではないか。

 お盆のあの時期、というのは、我々がまだしも厳粛な気持ちでこの日を迎えるのに大きな意味があるのではないかと思うのである。


 しかし逆に言えば、我々が情緒的でなく理性的に太平洋戦争のことを思い返す場合、8月15日は適当ではないと言える。8月15日は、情に流されすぎる日なのである。

 つまりですね、ごっつ簡単に言うと、8月15日は、9回裏ゲームセットの瞬間であって、「うるぐすポイント」ではないわけですよ。うるぐすポイントは、ミッドウェー海戦での大敗、もしくはバシー海峡であろう。

 敗戦は、結果であって、原因ではない。終戦を契機にとして戦後の平和と発展が始まったわけで、むしろ敗戦というのは平和の始まりともいえるわけです。当時の回想などでも、この8月15日という日はさばさばしたというか、すっきりとしたというか、どちらかというと開放感を得たという言及が実に多い。8月15日にポジティブな印象が幾分か付与されるのはそのせいだと思う。

 終戦記念日というのは「ああ戦争がおわって良かったな記念日」なわけで、この日が本当に反省に足るべき日なのか、と私などは疑問に思う。この日を思い出すことは、平和を願うとか戦争放棄という考えにはならんのじゃないのかしら。

 昭和20年の8月15日というのは、受動的態度の最たるもので、本当は、そこに自分たちの意志は殆どないのだ。しかしその敗戦の屈辱を「平和を望んだ私たち」と自己欺瞞したことから、きれいごとの戦後が始まっている。

 あの戦争を自分のものとして本当に反省する気があれば、記憶すべきはやはり12月8日だろうと思う。愚行が開始された日として。当時の日本に若干ながら「意志」というものが込められているのならば、それは8月15日ではなくて12月8日にある。そして開戦後各地で連戦連勝して、国全体がみっともない浮かれ騒ぎに湧いていたことも覚えておかねばならない。国民が厭戦的だったのは生活が厳しくなった後半だけで、最初は十分好戦的であったのだ。

 だが、12月8日を記憶するのは後味の悪い、どちらかというと不愉快なことである。だからといってそこから目をそらして8月15日という「のどごしのよい日」だけを反芻するというのは、やはり過去から目を背けていると諸外国から非難されても仕方あるまいと思う。

(Aug,2004/Aug,2005 初稿 Oct,2006改稿)