薄毛未来論

薄毛論—2


 私は薄毛であるが、ハゲではないということを前回書いた。

 さて、最近は、植毛が高性能化しているようだ。PropiaのCMで、腕に毛を生やしてひっぱっているのを見たりすると「嘘だろ」とか思ってしまう。ああいった形で植え付けられるのであれば、確かに自然にみえるに違いない。実際に植えている姿も自然っぽいように見える。

 現在の技術ではおそらく耐久性、費用の面でなどに問題があるのだとは思うが、(もしそういったすべての諸問題がクリアーされるなら、もっと爆発的に普及するはずだから)少なくとも問題解決の一端は開かれたことは間違いがないと思う。

 もし、将来ハゲても(まぁ、そんなことは万が一にもないとは思うが(……))、今でさえあの技術なら、僕がハゲる時分には殆ど自毛と区別がつかない安価な植毛技術が普及しているのではないかと、とりあえず退路は確保したのではないかと、安心している。

 しかしもしそうなると、ハゲの意味が変容してくる可能性はある。
 

 もうすでに現在でもそういう傾向は形成されつつあるが、ハゲのもつマイナスイメージは少し薄れつつあるように思う。ハゲ、というものがもし矯正可能なものであれば、ハゲのマイナスイメージ自体が現在のそれと意味合いが全く変わっているかもしれない。

 ここまで人工毛が発達すれば、審美性や耐久性の面でむしろ自然の髪を凌駕したものがでてくるのもそう遠い未来ではないに違いない。昔ナンシー関がそういうことを書いていた。

「カツラはハゲを禿げてない状態にするのが目的なのに、最近のカツラは、水に濡れても大丈夫だし、耐久性もいいと、むしろ自然の髪よりも高性能を目指しているように思う。目指してどうする。それはオーバーランではないか。」と。

 今の人工毛は、自然毛を越えたのかどうかはわからないが、植毛技術がさらに発達すれば、禿げていない人に植毛が使われる時代が来るんじゃないかと思っている。

 たとえばAsianceのCMでチャン・ツイィーが見事なストレートヘアーを披露しているが、あんなの普通に生活していたら無理だよな。あの髪の美しさはむしろ非生物的、というか幾何学的な印象さえ受ける。しかし、フリーハンドでまっすぐな直線を引くことはむずかしくても、定規で線を引いてしまえば済むのと同様に、人工毛でああいうストレートヘアーを作り出せないものか。完全にスキンヘッドにしてすべて植毛すれば、一瞬にしてああいった美しい髪が得られるとしたら、どうだろうか。今は技術的なハードルがまだあって、クリアーできないのだろう。が、将来的にはこうした人工毛自体が主流になる可能性がある。

 さらに人工毛の利点というと、それは変更の容易さである。ストレートヘアー、ブロンド、カール自然髪であれば変更は大変な難事業だが、人工毛なら設定次第で一瞬にして自由自在に変更ができる。

 もしそういうテクノロジーが初めに使われるなら、それは僕はファンションショーなどの業界ではないかと思う。つまりパリコレだとかスーパーモデルだとか、そういう世界だ。スーパーモデルはある意味究極の着せ替え人形であるから、もし自由自在に髪型を変えられるなら、デザイナーにとってはその方が好ましい。その分表現の幅が広がるはずだから。技術的なハードルをクリアーすれば、自毛は完全に脱毛して、ショーの度に自由に髪型を「載せ換える」というのがそう遠くない未来に、スタンダードになるかもしれないのではないか、と僕は夢想している。

 もしそういう未来がくれば、むしろファッションに敏感な若者は大金を出して人工毛を手に入れるようになり、自然毛は貧困の象徴となるかもしれない。今の美容形成歯科のように。

(2005初稿 Jan 2006改稿)