薄毛論



 今日は世の男性陣をざわざわとさせる話をしよう。

 それは他ならない毛髪の話だ。

…ザワザワ… ザワザワ … (どよめき)

 ちなみに今の話でざわざわした人達は、風が吹いてもざわざわというかさわさわする人達なわけで、私の話はそよ風程度に聞いて頂ければ幸いである。

 白状してしまうが私もどっちかっていうと毛が少ない。ミスター薄毛さんなのだ。
「も」?

 ところで昨今の「ハゲ」を「薄毛」と言い換える風潮には憮然としている。薄毛というのはあくまで毛髪の密度が少な目である状態にすぎないのに、それらは現在、意図的に混同されている。

 たとえば我が家族は母、姉、私の三人は母から受け継いだ遺伝のために髪の毛は全体に柔らかく本数もおそらく少な目である。一方父はずるっぱげであるが、若い頃は黒々轟々とした剛毛であったらしい。しかしハゲを薄毛と言い換えると、この両者が区別出来ないのですよ。

まず、このような分布図を示してみます。

x軸には髪の密度、濃い薄いを示し、y軸には頭皮の面積を示しています。頭皮の面積というとわかりにくいですが、髪が生えている部分の面積ということです。例えばおでこが広かったりすると、その分頭皮の面積が狭いということになる。


 薄毛とハゲというものが必ずしも相関しないということがおわかりであろうか。薄毛の人は必ずしも禿げているわけではないし、禿げていても濃毛の人はいる。

 私は薄毛カテゴリーに属しているわけで、生まれた時から髪は薄目である。別に頭皮の過疎化が(ちょっと婉曲に言ってみた)進行中なわけでもないし、あまり気にしているわけではないのであるが、無自覚の人から十把一絡げで訳知り顔で気の毒がられるのは甚だ迷惑なのである。


本来                  マスコミ

 つまり、上の図にあるように、本来は左の図にあるように分類されていたのに、ハゲという言葉がポリティカリー・インコレクトであるという事で、現在では何でも薄毛という言い方で呼ばれてしまっている。(右の図)

 ハゲが薄毛と言い換えられるということは、このようによりおおざっぱにまとめられてしまうということだ。まぁ、そういった差異を峻別しないことによってハゲ全体を曖昧にぼやかしてしまえというのが狙いなのだろうけど。

 
   ついつい、鼻息が荒くなってしまった。
 それはともかく、ハゲ用の育毛剤というものがある。

 効能はだいたい「頭皮の血行を良くして毛根を活性化させる!」とうたわれている。実際に使ってみると(使ったことあります。スンマセン)メントールといいましょうか、スーッと確かに血行が促進されるような気がするのである。

 だが、本当にこれで髪の寿命が延びるのか?
 髪が活発に生えるというのはいいことだが、ここで景気よく髪が生えてしまうのであれば、最終的に髪が枯渇するのも早めてしまうのではないか。ハゲの人は髪が枯渇しかかっているわけで、そういった状態の人の毛根を活性化させてしまったら残り少ない髪の寿命を使い切ってしまうような気もするのであるが、どうだろう。

 (拙文:不老と不死参照のこと。)

 ハゲの人の「瀕死の毛根細胞」において必要な処置は、果たして「不老」なのか、「不死」なのか。どちらを指向して治療すれば良いのであろうか。

 「不老」かつ「不死」であれば問題ないのだろうが、これは今の技術ではかなり難しいと思う。

 はっきり言って育毛剤の効能のメカニズムなんて適当なことを書いていると思うが、たとえ効能通り「血行を増やす」という効果が得られても、髪を生やすというエンドポイントが達成できるかというと甚だ疑問ではないだろうか。



 しかし、余談ではあるがそう言った意味で「不老林」というネーミングは正しい。

 まさに看板に偽りなし。


(2003.9初稿)