先輩 お久しぶりです


 道を歩いていると、クラブの先輩に偶然会った。

「おひさしぶりですね、先輩。どうですか?最近」
「まぁボチボチやな」
相変わらず同じとこに住んではるんですか?」
「そう」
「寿司屋の二階?」
「そう」
「なんか、大阪で倉庫みたいなとこに住んでるってうわさも聞いたんですけど」
「ああ、あれな。今はあんまりやってないんやけどな」
「音楽の方はどうですか」
「まぁ、いろいろかな。東京行ったりこっちでやったり」
「へぇ〜」
「ま、今は落ち着いているんやけど一時期ハッピーでしょうがない時期があってな。
 もう、なにしても楽しくてしようがないような。」
「脳内麻薬が」
「そう、でまくりで。

 ちょっと正気やないねんな、もう。うわ〜なんやろ〜、って。ブゥワァて」

「せやけど、そのハッピーな時期は仕事にならなくて逆に困ったわ。
 なんか、まぁ寝てないせいもあるんやけど、意識が朦朧としてて、ちょっとやばい状態やってん。
 俺今本屋でバイトしてるんやけど、ちょうどその頃やったかな、新しい手順の説明を上の人に教えてもらおうと思って聴いたら、『昨日教えたのに』っていわはんねん。
 『なに意地悪をいうとんやこの人は』と本気で腹立って、聴いてません!いうて怒りながら説明をしてもらってたんやけど、聴いているうちに」
「じわじわと…」
「そう い え ば この説明 聴いた ことがある な
 うわ〜確かに昨日説明されたわ〜 
「ヤバー」
「そう、やばいねん。説明されたこと自体を完全に忘れとった。
 あん時はやばいなと自分で思った」
「結局それはどういう意味があったんでしょうね?」
「まぁ、そういう多幸感て音楽とかする時に必要な何かやとは思うんやけど、コントロールできてないわけやしな」
「まあ、俺にはまだ早かったんやと今では思ってんねんけど。」
「禅でいうところの生悟りってやつですかね」



「そっちこそどないやねんな。生活の方は」
「もう、ずーっと病院の中ですよ」
「面白いことある?」
「いや〜僕も全然生活していないようなもんですからねー。こっちが訊きたいくらいですよ。先輩こそ今はどんなん聴いてるんですか?」
「いや〜俺も別にあれやわ。自分のやっている関連は聞いてるけど。
 金もないしな。家にあったレコードもほとんど売ってもうてん。」
「え?あの200枚くらいの「名盤シリーズ」をですか?(やっぱり…)
(氏はインプロヴィゼーション的な音楽を始める前後で、今まで持っていたジャズのレコード、CD類の多くを処分し、どうしても売れないもの100枚弱だけ手元に置いていたのである。というわけで氏のコレクションは氏の嗜好を反映した名盤ぞろいであったのだった。)
「今はもう20枚くらいしか残ってへんのちゃうか」
「それは大変でしたねぇ」
「まぁ、金がないからな」
 でもそうなると逆に自分にとって必要な音楽と言うのが見えてくんねんな。
例えばマイルスとクリフォードブラウン、どっち売ろ、とか。モンクとか、ドンチェリーとか。そういうマイフェイバリットのうちのどちらかを売らなあかんねん。そらもう身を切るようなもんでな。」
「毎日が究極の選択ですねぇ」
「そう。つらいんやけど、まぁ、俺の場合はほら、売らんと、食ってかれへんから。
 このレコードを!と思ってもその日の食事代がなかったりするわけやしな。
 でも逆に今の自分にとって必要なものがわかんねん。ああ、今の俺にはマイルスは絶対に必要なものではないんや、とかね」
「で、最終的にはどうなったんですか」
「この前やっと最後のマイルスがなくなったなぁ。ドンチェリーもなくなった。あ、まだ一枚くらい残ってるかもしれん。でも売ってもいいかな。もし最後に残るとすると、やっぱり俺にとってはモンクなんやと思うな。うん、最後に残るのはモンクやわ」
「僕はまだそんな覚悟ないですねぇ」
「まぁ、別に金があったらそういうことする必要ないんちゃうかな、つらいし」
「そうですね、僕にはそういった淘汰圧が働いていないですからね、処分する気にはなれないっすねー」
「まぁ基本的には、コレクターやもんな。」
「まぁ、あれお金にだけはこまってないですから!あはははは」
「嫌味だなぁ」
「その代わりにいろんなものを引き換えにしているんですから」
「まぁ、そうやな」

「経済的にはまぁ過不足ないんですけど、やっぱり時間が無いし、空間的な制約の問題はあるんですよ。本棚の本とか、持ってるものが捨てられないんですよねー。でももう場所がない」
「まぁ、本はな、あんまり売ってもお金にならへんというところもあるし…
 でも俺も、画集とかは随分売ったで」
「まぁ、売った値段が安すぎると言うのもありますよね。自分がこんな感動したもんとかがたったの20円?とか」
「むしろちゃんと読んでくれる人に譲り渡したりしたいような」
「そうそう。それに、なんでしょう、確かに読んだ本って全てを読み返すわけじゃないけど、今までに読んだ本というのを手元に持っときたいじゃないですか」
「そうやな。俺ワールドを作るためにはな」
「そう。でもどんどん溢れてくるし、現実的には処分せざるを得なくって。でもなかなか手放せないんです。麻雀の役作りみたいな話で」
「あーごめん。俺麻雀はようわからへんねん」
「大丈夫。僕も全然わかりません。まぁたとえ話なんですけどね。何を切るかっていうことなんです」(→本を捨てられない参照)
「まぁ、それなら」
「でも、今の自分を形作った精神世界と言うか、いままでの履歴というか、そういったものなんですよね。
 結局本棚ってそういう証みたいなものを具体的に形にして示してくれている訳で、それは保存しておきたいわけです。う〜ん、何ていったらいいのかな。

 自分の内面を示すゲシュタルトというかなんというか、言葉にうまくできないんですけど。こういうのなんていったらいいんですかね?」

「曼荼羅やろ?」





そう!

 それ!

 いやーすっきりしました。



 先輩は35歳。フリーインプロヴィゼーションのミュージシャンとして活動しています。どんな感じの人かといいますとちょっと前の話ですが、昔のゴンニッキをどうぞ。ちょっと真田広之はいってます。

 「いやし」と「勝ち組」という言葉が大嫌いな先輩、みんな応援してあげて!


(Nov 2003.初稿)