ドラえもんの話:



 ドラえもんで、声優陣が一斉に交代するらしい。

人気テレビアニメ「ドラえもん」(テレビ朝日系)で、四半世紀にわたりドラえもんの声を務めてきた大山のぶ代さん(68)ら主な役の声優5人を、そろって交代させる方向で制作側が検討に入っていることがわかった。後任は人選中という。大山さんらは来年3月放送分まで担当し、4月から新キャストになるとみられる。

 感慨深いといえば感慨深い。僕らは一つの歴史の終焉を今みているのだ。まことに残念であると思う。

 しかし実際に今僕らはドラえもんを観てるか?っつうと観てねえのである。だからこの声優人事にとやかく口をだせる立場ではない、と思っている。確かに20年前の僕らは視聴者という立場で『ドラえもん』に関与していた。そのころの僕らはまさに当事者といってもよかったと思うが、今は残念ながら違うのだ。関係者のふりをするのはやめよう。OBがしゃしゃりでても、いいことは大抵ない。

 たとえば故郷を捨てて都会に出て行った人間が故郷の土木開発(自然破壊)に反対するようなもので、地元には地元の事情があるはずなのだから。


 しかし、正直にいうと声優が交替するとは思っていなかったのだ。

とくに大山のぶ代=ドラえもんに関しては、交代という行為自体があり得ないことのように思える。なぜなら、ほかの声優はほかのアニメでも声をあてているが、大山のぶ代に関しては、ドラえもんのイメージが強すぎるのである。ドラえもんをやり始めてから、ドラえもん以外の彼女の仕事を僕は知らない。

 大山のぶ代の声とどらえもんの声というのは今では不可分である。彼女が20数年前にかぶった「ドラえもん」という仮面は、今では大山のぶ代本人の皮膚に強固に癒着してしまっているといってもいいだろう。

 ドラえもんは大山のぶ代の必要条件でもあり、十分条件なのだ。これは渥美清=寅さん以上に強固なものではないかと思う。

 思い出してみよう。そういう「キャラ一致度」の高い声優、ルパン=山田康雄の時はどうだったか。やはり大騒動になったではないか。

 しかし山田康雄は、クリント・イーストウッドの吹き替えというもう一つの大切な当てキャラもあった。だから大山のぶ代のドラえもんよりは彼のルパンに対する専属度は少なかったはずだ。だがしかし、やはりルパンに当てた声のオリジナリティがありすぎたために、ルパンと山田康雄は不可分であるといえる。最終的にはクリカンの代役に落ち着いた、それは畢竟「モノマネ」という手段で凌ぐことで、つまり山田康雄のペルソナを全面的に継承したということにほかならない。

 いずれにせよ、次代のドラえもん役が誰になるにせよ、その人間に必要な条件は、ドラえもん以外の仕事を極力しない、ということである。大山のぶ代が現在のポジションを確立したのは、その声が天性のドラえもん声であったということよりも、その他の仕事をしないことにより、大山のぶ代とドラえもんのズレを極力排除したことにあるのだから。

ところで、今一度問うが:


本当に、声優の交代は必要なことだろうか?

 ドラえもんはテレビでもう20年以上放映され続けている。

 ……ということは、殆どのセリフが音声データで残っているはずである。ということは過去20余年にわたる膨大な音声データベースがあるはずなのだ。実は僕、前から考えていたのだが、それを利用できないか。

 このデータベースにはドラえもんが使うべき殆どの語彙が含まれているだろうし、それを換骨奪胎して新しいセリフを再構築することは出来ないのだろうか。つまり、バーチャルのぶ代をコンピュータ上で作ってしまうのである。無理だろうか。「バーチャルのぶ代声」はロボット音声として作れないだろうか。

 テクノロジー的にはそれほど困難な問題ではないように思える。現在はアナログのデータバンクをすべてタグを付けてデジタル化、ソート、検索を容易にすれば、商業ベースの30分アニメでも使用に耐えうると思われる。今のテクノロジーでもそれほど困難ではない。なにしろ大山のぶ代の音声データは潤沢だ。十分解析をするほどデータは揃っていると思う。

 また、モーションキャプチャーの声紋版のようなソフトで、普通の人にしゃべらせた台詞をのぶよ声紋に変換したりというやり方も考えられる。これもそれほど困難ではないように思える。

 このやり方を採用するに当たって強力な追い風となるのは、ドラえもんがロボットであることだ。この手のテクノロジーのウィークポイントは、しゃべり言葉は文章ほどは一つ一つの単語に要素分解しづらいことである。言葉の場合は文全体の流れがあるので、単語を組み合わせてもどうしてもぎくしゃくする部分がでてくる。そのぎくしゃくをとる、つまり人間らしさを出すのに結構細かい調整を繰り返したりする必要があるだろう。だが、ロボットであればちょっとくらいの荒い仕上がりでもオーケーかもしれない。バーチャルのぶよがちょっとくらい機械的だったり、ぎくしゃくしていても、それはそれでオッケーではないかと思う。だって、ロボットなんだから。

 この場合、たとえば、スネ夫=肝付兼太さんなどは時代の流れにさからうことはできないかもしれない。その時代時代のだみ声の人が担当となるのだろう。しかし、大山のぶ代のオリジナリティだけは、残したい。一代横綱で終わらせるには惜しいと僕は思っている。

 ドラえもんという、超安定した番組に対し、声優の交代というのはある種不安定要素でもある。出来ればこうしたテクノロジーを適用して、安定化に寄与して欲しいと僕は思うのだ。先代ののぶ代さんはすこぶる品行方正であったが、ドラえもん声をする人間がすべてそうであるという保障はない。たとえば選ばれた二代目が覚醒剤所持で逮捕されたりというリスクだって負わなければいけない。

 付け加えておくと、SF=「すこし 不思議」の藤子不二雄先生は、こうした技術、大好きのはずである。(F)先生への供養にもなると思う。

 
 
 ああ、時代は下って、23世紀。
 壁掛け立体テレビにて、ドラえもん生誕300周年番組などが報道されるある夜。
 テレビのナレーション。
「さて、現在もみんなのお友達のドラえもんであるが、20世紀、テレビ放送の初期にはドラえもんの声は声優が担当していた」

「えーーーっ!!」
 とおどろく暖炉の前の未来家族。
(もちろん、ビニールのつなぎみたいな服を着ている。未来服。)

「ドラえもん、人の声だったんだ……」
「あんな声が人に出せるのか……」

「ねえお前、本当にヒトの声だったの?」

「ハイ。私ノプロトタイプ声紋ハ1900年代ノ日本女性ノモノデス。女性ノ死後ハ、データ化サレタ音声ガ雛形トナリマシタ。現在私ガ話ス20万7500語ノウチ約25%ハオリジナルノ音声デス。オリジナルハ日本語ダケデシタカラ、ソレ以外ノ言語ハ二次的ニ再構成サレマシタ。」

「どんな人だったんだろうね?」
「サア、詳シイコトハ伝ワッテイマセン。タダ彼女ノ存在ガ音声合成技術ノ多大ナ発展ヲウナガシタヨウデス。当時ノテクノロジーデハ実際ノ我々ヲ作リ出スノハ不可能ダッタタメ、2050年ニ第一号ガウミダサレルマデ、子供達ハテレビデシカ私ニアエマセンデシタ……」

 そこには、129.3cmのあの青い物体。


 こうならないものだろうか。

(2004年11月 初稿)