動物の年齢―人間でいうと?


—老いについて


 最近の私が気になっているのは、高齢の動物たち。

 若いときに連れてこられて、年老いた、まるで動物園のヌシのようになっているような高齢の動物がいるじゃないですか(じゃないですか話法)。それを、例えばテレビ番組で紹介する時に、「人間で言えば××歳」みたいな言い方を、よくしますよね。

 あれが気になるんですよ。どうやって換算しているんだろうか。

 「人間で言ったら60歳」っつったって、60歳の人間のありようだって、様々である。江戸時代の60歳と、現代の60歳では随分意味合いが違うし、現代だって、日本での60歳と、スーダンでの60歳は、全然意味が違うはずです。

 単純に平均年齢を算出して比例倍する、という風にも行かないよね。例えば猫とかは生後一年くらいで生殖可能になるわけで、そこがまあ、人間で言うところの10代に相当するわけでしょう。僕が子供の頃に聴きかじったた知識では、その後の一年は人間の5年くらいに相当するんじゃなかったかと思うが、その年数に妥当性はあるんだろうか。4年ではいけないのだろうか、それとも6年では?それとも、単にキリがいいから?

 そもそも、自然界での観察する限り、平均寿命という概念自体が通用しない。極端な話ですが、例えばマンボウなどは一度に一億から二億の卵を産む。個体数が安定している(むしろ少し減っているはずだが)のであれば、再生産率は1、つまりメスが生涯何億個産卵するのかしらないが、次代まで生き残るメスは1匹であるということになる。(マンボウの雌雄差は、よく知らない。体格も、産卵比率も同じであれば、メスは二匹の子供を得ることになる。統計的に見ると)。しかし、そう考えると、マンボウの平均寿命は、算術平均でも、最頻値でも、中央値でも、著しく低いはずである。

 ま、結局のところ、生殖年齢に達するまで生き延びた個体が、なおかつ、動物園という可能な限り外的な殺害のリスクのない環境で自然死を迎えるまでがどれだけかという話なのだとは思うんですがそんなデータが果たして正確なのかとも思うわけです。

 問題なのは、「人間で言えば××歳」って言われると、僕たちは、「ふーん」と、あまり考えずに納得してしまえるってことです。この、「人間で言えば」っていうのは、正しいか正しくないかはともかく、圧倒的なわかりやすさがある。人にイメージを伝える言葉としては優れたものであるのは確かなんです。

 裸の大将こと山下清は、その人がどれくらい偉いかを「兵隊でいうとどの階級か」で判断したそうだが、それに近いものがあるように思う。

 多分、僕がひっかかっているのは、どうもニュース番組などで我々が提示される情報は、わかりやすさに最大限に注意をはらわれてはいるが、正しい正しくないは二の次になっているんじゃないかということです。この「人間で言えば…」メソッドは、そうやって辿り着いた視聴者の白痴化表現の極北であるように思います。

 ネットで調べてみたら、動物の年齢の秘密(日本動物園水族館協会)というページがありました。大体、僕が言いたいことと同じ事が、はるかにわかりやすく書いてありました。
(Dec, 2006.初稿, Mar,2007改稿)