Blood type

——(その2) 血液型占いって、どうなの?




 最近、いろんな番組が血液型と性格の相関を取り上げたりしているようで、また新たなブームになっているようだ。(※これは2004年10月くらいの話)

 テレビを観ていたら、テレビの世界では、すでに完全に確立された事実として扱われているくらいの勢いで、なんだか世の中はすごいことになっているなーと、びっくりした。久しぶりに見てみるもんだ、テレビも。

   

それから

 血液型性格判断は今に始まった話じゃない。こうした「占い」系の中では比較的歴史の古いもので、過去何度かのブームがあったわけだけれど、今また第何次かの新しいムーブメントが起きている。

 昨日今日できた怪しげな占いではないということなのか、歴史が古いということがいい方に作用しているのか、いつのまにか血液型性格占いはこうした占いの中でも老舗の立場で、年月という重みが科学的根拠を上回っているのか、テレビの中では完全に確立されたドグマとして流通しているのであった。

 僕にとって不思議なのは、テレビの中の人達は血液型性格判断が正しいことをまったく疑う姿勢がなさそうなことだ。

 もし、あれ根拠ないよ?って言ってあげても、
 「え〜?根拠ないの?嘘なの?」っていう反応よりは
 「え?証明されてないの? もう、なんで早く証明しないの!?」なんて反応のような気がする。
「だからダメなんだよ!科学者は!」とか。

 逆に説教されそうな気さえする。それほどまで信仰は固そうにみえる。

 ま、僕の周りにいる若い女の子の大部分も、血液型性格判断のことを疑いもしていない。だから、そりゃそうかもしれない。

   

それから

 実際、どうなんだろう。

 以前にも僕は、血液型性格判断に対する見解を書いたことがあるが、今もその考え方は変わっていない。どちらかというと否定的である。そもそも肯定する根拠が無さ過ぎるのである。

 だが、残念ながら100%否定しきるほどの根拠もない。遺伝子が複数のタンパクに関与している可能性もあるし、ABO型の血液型が遺伝的に獲得した形質であるのは間違いないのであるから、一縷の可能性は残ってはいるし、僕個人としてはどちらかというとそういう愉快な事実があってくれた方が面白いとは思っているのだけれど。(これはUFOなどに対する僕の見解とも同じだ)


 しかし、この性格判断が真実であれかしと思っている人は少なからずいるし、それを証明しようとする試みが過去数十年間に再三試みられたにも関わらず、結局は証明し得ていないという事実があって、そのことが僕が血液型性格判断が誤りではないかと思う根拠となっているのだ。

 掘っていない鉱脈は、掘ってみるまでは金が埋まっているかどうかわからないが、さんざん掘り尽くされたが金のでなかった鉱脈に、さらに金が眠っている可能性は著しく低いのだから。

 科学的な根拠を除いて考えるだけでも、そう考えると血液型性格判断は、おそらく嘘である。百歩ゆずってもだね、「血液型性格判断が正しい」かどうかはわからないが、現時点で「血液型性格判断は科学的に証明された、根拠のある性格判断法です」と喧伝することは、まぎれもなく虚偽であると言えよう。


  ということは、今僕たちがなんとなく信じている血液型性格判断は、何か?という話である。

 多分、プラセボだ。プラセボの力というものは、血液型性格判断を正しいと我々が思いこむ程度には強固であるという事である。プラセボの力、逆に言うと我々の思いこみの力というものはそれほどの力を持っている、といえる。

 僕たちは血液型性格判断を、さぞ正しいもののようにして日常会話をしているが、それで、お互いに大した矛盾なくコミュニケーションできる。あてっこしてもそれなりに当たるし、自分の性格診断も当たっているような気がしている。あの手の血液型性格診断のあてっこの正解率の高さは、逆に血液型による性格の一致性がすごいのではなく、プラセボというものの力のすごさをあらわしているような気がする。プラセボにはそれくらいのポテンシャルがあるんじゃないだろうか。


(2004.9日記より 改稿)