Blood type

——(その1) 俺ってB型  


それは私の後輩、スーパーベビーフェイスI原(※)さんからのお便りで始まった。
自分で、「俺ってB型。」と思う時はどんな時ですか?
 血液型性格判断は根拠がない。
 『医者』としての目で見ると。

 大体、冷静に考えると赤血球の表面の抗原の差で、性格なんかに影響が出る訳ないでしょうが。

 これはうろ覚えなんだけど、そもそも性格分析で「A型人間」「B型人間」という分類があったのだ。そのA、Bは単なる番号(1,2とか、イ、ロ、ハとかの)にすぎないのだが、そのA型、B型をどこぞのおっちょこちょいが血液型のA型B型と混同したのが始まりではないだろうかと私は思っている。

 しかし、これほどまでに血液型性格判断が流布する原因はあるわけだろう。
実際「動物占い」を筆頭に、新機軸を狙っている「新型占い」は数多く存在する。しかし、日本国民全体・全年齢層を総合して考えると、最も浸透率が高く、また全国民の支持を得ているのは血液型占いだ。
一体どうしてなんだろうか。
全然関係ないんだけど、このI原さん、いっこ下のクラブの後輩なんだけど、かぁーいいんだ。マナカナ+イルカって感じで。

 これは僕の推測にすぎないが、血液型判断は正確(=良く当たる) から人気があるんじゃないとおもう。そのコミュニケーションツールとしての便利さが、広く支持される理由じゃなかろうか。

例えば、あの人どんな人?と聞かれ、

 

「どちらかといえば社交的なほうだが、几帳面さには欠ける傾向にある。周りに左右されることはなく自分の好みをはっきりいうが、かといって周りをみていないわけでもなく、気は良くまわる。しかし気分屋故に、まわりがそれに振り回されることもしばしば。」
 というよりは「いかにもB型っぽい人」といってしまうと一言で済む。

 つまり、「性格のゲシュタルト」をたった一言であらわすことが出来るのだ。

 「優しい」、「怒りっぽい」、「短気」な等の表現では、その人の性格の一要素を抜き出している、あたかも原色のようなものに過ぎないのに比べて、血液型性格判断でイメージされる性格は微妙な中間色にも似ている。

 勿論、これが通用するのは血液型の四つのタイプのおおまかな性格を皆が認識していることが前提になるわけだが、タイプが4種類しかない、というのがここで逆に生きてくる。なんといっても憶えやすいのである。冷静に考えてみるとタイプが四つしかないのに、その人の性格をずばり「当てられる」わけがない。しかしそれは逆にずばり「はずす」確率も減らしてくれるのだ。

 また、性格の一つ一つを、要素を還元して述べる場合、そのひとつ一つに個々人の評価が入り込んでしまう。たとえば、「細かいことにこだわらない」と「ずぼら」「おおらかな性格」は同じことを表しているかも知れないが、その評価する人間の好悪が介在するよね。
その点、性格判断の四タイプのイメージには良い面・悪い面両方バランス良くブレンドされていてそういう好き嫌いを言葉に混ぜなくて済む。
 ところで、「正確さ」に関してであるが、わたしは血液型B型である。確かに「所謂B型的性格」前提に行動しているフシはある。実際のところ当たっているのだろうかどうだろうか。

先ほど『医学的には根拠がない』といったが、逆にはずれていると言いきる証拠もない。血液型を規定する遺伝子が他の形質にまで影響を与えている可能性も否定できないからだ。


 血液型占い、どうなんだろうね。

 医者をやっていて、頭の中で医学とこういうものを矛盾無く共存させている自分に対して時々不思議に思うことがある。
 突き詰めて考えることを放棄しているようで。