Pilots without airplane

    —陸に上がった飛行機乗り


研修戦線  その4


 その3にて、内科医は歩兵のようなものだ、と書いた。そして専門性の高い他科の医師は空挺団とか、砲兵隊のような機械化部隊であるということも。

 外科などは、僕たち内科からみると、まるで戦闘機乗りのようだ。
 憧れの存在。戦場の花形。

 高度な医療、集中医療。内科だけでは泥沼のような消耗戦をしていた、不可能に思われたミッションも、外科医の一振りで戦局が変わることもある。最後の最後で決めてくれるのは、やはり外科なのだ。

 膠着した戦場から、高々度を飛行する戦闘機を見上げる歩兵の心情と、我々内科医が外科を眺める心情は、極めて近い。

 但し、我々がそうやって空挺団へ向ける憧れの視線は、戦闘機乗り個々人への視線とは、必ずしもイコールではない。当の外科医も、そして我々もこのことはしばし忘れがちになる。


 飛行機乗りが、戦闘機があって初めて戦闘機乗りであるのと同じく、外科医は、やはり手術のできる環境にあって初めて外科医であると言える。

 問題は、すべての外科医が、キャリアの最初から最後まで常に外科医であり続ける事は少ないという事実だ。

 多くの外科医が、途中で戦闘機を降りる。多くの運動競技で限界となる年齢があるのと同じく、外科医というストレスの高い戦場においては、加齢による衰えは他の科よりも早い。少なくとも内科よりは早い。

 一握りの「選ばれた」外科医を除き、多くはどこかで戦闘機を降りる決断をする。少なくとも最新鋭の戦闘機にずっと乗り続ける栄誉に浴する人間は一握りだ。しかし、戦闘機を降りてその後悠々自適の隠居生活が送ればよいだろうが、そこまでの経済的アドバンテージは日本の外科医には許されていない。また、基本的にマンパワーが不足している現在の日本の医療の中においては、戦闘機を降りた飛行機乗りは、どこかの戦場で後方支援を行うことになる。

 老いた医師だけにそうした問題があるわけでもない。その1で述べたように、多くの医師は大学の医局によって派遣されるわけだが、すべての派遣先に最新鋭戦闘機が用意されているわけではない。基幹病院はともかく、中小病院の手術室にはICUが併設されていないし、麻酔科の常勤医もいなかったりする。これは、レーダーなし、管制塔なしとも言える状況と言っていいだろう。

 また、成り行きによっては、後方支援のために手術の出来ない=戦闘機の無いような職場に短期的であれ派遣されるような場合さえあるのだ。いわゆるGeneral physicianの範疇であるが、怪我を縫ったりそういうレベル。

 これはいわゆる歩兵の業務だ。

 今まで戦場を高々度から眺めていた人間からすれば、地に貼り付いている歩兵の任務など、確かにどうっていうことは無いように見える。実際、士官学校=医学校で教えてもらう基本的な事さえできれば、歩兵業務は問題ないように思える。

 機関銃くらい使えればいいんだろう?

 ところがどっこい、それがそうでもないのだ。

 問題はここ二、三十年で、歩兵(=内科、家庭医)の業務にも大きな進歩が訪れたということだ。

 歩兵、というと、持っているのは携行火器(小銃とか、銃剣とか)に限られる、というのが古典的歩兵観であるが、現代の歩兵は、携行可能な火器の種類だっておそろしく多彩だ。迫撃砲・対戦車砲、対空火器等、等。装備品にしてもGPSやノクトビジョンなど、使いこなさなければならない高度なハイテク機器が沢山ある。

 医療行為を大まかに「診断」と「治療」と分けると、治療に関しては現在、専門科による細分化が行われ、ジェネラリストの介入を許さない。しかしその一方、「診断」に関しては「しょうもない後方任務」と思われているジェネラリストの比重も無視出来ない。ある疾患に関して、治療選択肢の中から実際に治療法を決めるのは、勿論専門医の領分だ。だが、「ある疾患」を見つけて専門医のところまで持っていく、つまり症状に対してまず病名をラベリングする行為の多くは、一般内科やファミリーフィジシャンに委ねられている。

 現在のいわゆる「ファミリー・フィジシャン」という職種は、こと治療に関しては紹介して専門科に譲ることが多いが、診断学に関しては最も進歩していなければならない。(実のところそれを達成出来ている一次医療機関はそれほどは多くはないが)。

 MRIやシンチグラフィなどはともかく、例えばエコーなどはコンパクトかつ安価な割には有用なデバイスで、これをうまく使えるのと使えないのでは診断の幅が全く変わってくる。

 しかし、一世代前の教育しか受けていない元飛行機乗り達には、こうした新しい診断、新しいデバイスは未知の世界に近い場合がある。

 湾岸戦争・イラク戦争ではアメリカ軍の死亡率は敵軍に比べて非常に低かった。これはアメリカ兵が肉体的に優れていたり勇猛であるというわけではなくて、やはり装備の充実化という面が大きいのだ。

 アメリカ軍は、人数的には対戦国よりも多くの人員を投入することはまずない。その代わり一人あたりの火力差は極大ではある。しかしランチェスターの法則では、戦力は員数の二乗に比例するのではなかったか。

 もしこういった戦場に、第二次世界大戦の時の装備でアメリカ兵が行けばどうなるか。そりゃ、いくらその人間が勇敢であろうとも、第二次世界大戦の時の死亡率であろうと思う。

 戦闘機乗りが歩兵にコンバートした場合、最新の機器の多くは使えない。

 勿論、外科医の中でも視野を広く持っているような人はいて、与えられた状況の中でベストとはいわないまでもベターなパフォーマンスを行える人はいる。だが外科としてスペシャリストでありすぎる人の中には、プライマリーな場で、本当にひどい行動を取る医師は、たまにいるのだ。

 

 例えば、黒い袖袋を付けて、そろばんで簿記などをしていた経理のスペシャリストが、転職先の会社では「勘定奉行」みたいなソフトを使えといわれたら?

 外科医の落胆は少しそれに似ている。

(Dec,2006初稿)