Troopers

    —歩兵としての内科


研修戦線  その3


 僕は内科医だ。「内科って、何診るところなんですか?」っていわれることがある。結構困る。

 総ての科は内科に通じる。専門科が成熟する前の時代はすべての科を一人の医者がみていた。他科が成熟し、専門科が出来て、各科は独立したが、出来る以前は、みな内科である。内科はつまりすべての根本である、と夜郎自大的な内科医はそう思ったりする。

 しかし逆に言うと、内科というのはそれ以外の科が診ない部分全部、と言えなくもない。

 これは、同じ現象をポジティブに見るかネガティブに見ているかの違いに過ぎない。

 

 医学というのを戦争にたとえてみれば、外科だとか、産婦人科だとかの各専門科は、空挺団とか、砲兵隊とか、戦車隊だとか、そういった特殊な部隊ということになるだろう。

 では、内科はどうなんだ?
 内科は、「そういった特殊技能以外」。
 つまり何も特徴がない。
 要するに内科というのは「歩兵」なのである。

 将棋で言えば「歩」。チェスで言えばポーンのような存在。最も汎用性があり、そして特殊性がないのが内科である。

 但し、歩兵がいないと戦争は出来ない。


内科と歩兵との類似性

 内科を歩兵であるとすると、いろいろなことが、確かに見えてくる。

 なぜ、どの病院に行ったって、内科医が多くいるのか。高度医療機関、中小の病院、どういった機能の病院であれ、内科医が最も多いのか。

 それは、一人一人は取るに足らない戦闘力なのに、勝敗の帰趨を決めるのは歩兵だからだ。汎用性が高く、高度に集中された戦場から後方任務のような戦場まで歩兵は必要とされる。

 

 もし院内における内科医の比率がある閾値を下回ると、病院としてのパフォーマンスは著しく低くなる。

 これは、歩兵がいない戦場と同じだ。戦車隊や砲兵隊だけが居てもうまく機能しない。歩兵的な仕事をそれぞれの専門部隊が兼務することは不可能ではないが、著しく能率が落ちる。

 

 また、逆に、例えば戦闘機の無い戦場、高射砲など、その部隊を部隊たらしめるハードが無ければ、パイロットや砲手も、歩兵としてしか戦えない。

 ICUの無い病院や診療所では、かつてPDなどの手術をしていた人間でも、内科的な仕事に身をやつす(!?)しかなくなる。往診になど行けば、どんな科の医者だって、内科だ。

 例えばドクターコトー診療所は、天才パイロットが、戦闘機どころかろくな武器もない辺境の前線基地に左遷される話のようなものである。戦闘機乗り独特の勘は、確かに地上戦闘でも役立つかも知れない。しかし、離島で解離性大動脈瘤の手術などというエピソードは、例えば村にある農薬散布用のセスナで敵の一編隊を撃退するようなもので、あれはやはりファンタジーである。

 

 内科の「ない」は「何にもない」だという口悪い他科の先生は、戦闘機乗りが歩兵を莫迦にするのと同じ心情である。

 丁度、砲兵隊が砲術の技術を持ち、航空部隊は飛行機の乗り方を覚えなければならないように、それぞれ、その専門の技術が必要であり、それが彼らの持ち味となる。各自の技術に誇りを持っている人間からみれば、これといった技術がない様に見える内科というのは確かに軽くみられやすい。


異なる点

 ただ、軍隊と医療が異なることが一点。
 軍隊では参謀と歩兵は画然と断絶されているが、医療ではその棲み分けが曖昧な点である。

 実は、「戦略」を担当する人間というのは、厳密に言うと決まっていない。

 専門集団が戦略的見地を要求されないという点では共通している。例えば空挺団・砲兵隊・戦車隊などの特殊な部隊は原則として戦術的な見地以上の視点を要求されないのと同様、医療においても各専門科はその専門の領域を越えた、患者の人生まで立ち入るような視点は必ずしも要求されない。

 今手術するかどうか、手術適応は戦術だ。一方、患者さんの人生を見据えてマネジメントするのは、これは紛れもなく「戦略」といえよう。

 軍事においては、こういった戦略的判断を許されるのは非武装の軍事官僚(参謀本部ともいうが)に限られている。ただ、医療の世界では、こうした役割を専門にしているスペシャリストは存在しない。多くは内科医が兼任している事が多い。

この一点においては、内科医はただの歩兵を超えていると言えよう。


近代化

もっとも、ここ最近、この古典的概念もくずれつつある。軍事も、医療も。

 歩兵、というと、持っているのは携行火器(小銃とか、銃剣とか)に限られる、というのが古典的歩兵観であるが、現代の歩兵は、携行可能な火器の種類だっておそろしく多彩だ。迫撃砲・対戦車砲、対空火器等、等。装備品にしてもGPS、ノクトビジョンなど使いこなさなければならない高度なハイテク機器は沢山ある。

 一括りにしたが、内科にしたって内科の中で深化が常に起こっている。専門化がすすみ、一人の人間が全科に渡って通暁するということは不可能になりつつある。先程述べた診断を専門に行う「総合診療科」という科が発生し、内科の各科は臓器別に分類されつつあるのが現在の傾向といえる。

 確かに、胃カメラは消化器内科が専門に行うし、心臓のカテーテル検査は循環器内科が行うようになっている。内科の検査も細分化されている。こうした検査はメスで体を切開しないという一点で内科という名前を冠せられてはいるが、内実古典的な内科という言葉からは逸脱していると言えよう。

 内科に対する総合診療科及びファミリーフィジシャンというのは、歩兵に対する参謀将校の関係に少し似ていなくもない。

(Sep,2006初稿)