医者と眠気。



 昔、母が靴下をはいたまま寝る私に
「そんな格好をしていたら、そんな格好をしないと寝れない様な人になるよ」

 といいました。
(どうやら「貧乏になるよ」といった意味合いのようですが。)

 母さん。
 母さんの言ったとおりだったよ。
 ときどき、コートすら脱がずに寝てるよ。(※1)
 
 医者を始めてから失ったものはいろいろありますが、そのうちの一つに「リズミカルな眠気」ともいうべきものがあります。

 リズミカルな眠気というと、もってまわった言い方ですが、つまり朝起きて仕事に行って仕事が終わって帰って晩ご飯を食べて寝床に入ったときに起こる眠気、まっとうな眠気のことです。

 基本的に医者は睡眠不足です。患者さんの容態によっては夜中も起こされたりということはしょっちゅうですし、仕事・勉強もしなければいけませんから。また、当直や待機などの変則勤務もそれに拍車をかけます。(※2)

 おまけに私の場合、家に帰って日記を書く時間だって必要ですし(笑)。

 当直業務というのはお金を貰っている分、いつ起こされても文句は言えません。しかし、「当直明け」という言葉は医師には存在しないんです。つまり、一日仕事をして、夜当直をする。その翌日も全く同じように働くことを要求されます。ですからひどい場合なら朝8時から翌日の夜10時くらいまでずっと寝ることが出来ないという事態も起こりえるわけです。(連続当直という事態になることも、たまにあります)

 

 そういう事態は必ずしも特別ではなく日常的におこっているわけですから、完全に眠気がなくなる日というのはむしろ少ない。いつも頭の中にどろりとした眠気を抱えて仕事をしていることになります。

 そして、いよいよ疲労がかさなり、睡眠の貯蓄が少なくなると、非常に厳しい状況になります。限界が来ても、それが仕事の終了間際なら問題ないけれど、まだまだ仕事が残っている場合は、悲惨の一語に尽きます。
 まさに耐久レース。

 

 というわけで、慢性的に眠気を抱えた状態だと、眠気のリズムが完全に失われてしまいます。眠いのに布団に入っても妙に寝つきが悪かったりします。まぁ、寝ますけど。眠いから。

 いまや幸福な眠気を感じるのは、食事が終わったあとや、朝5時くらいに目が覚めたあと二度寝をする時や、もしくは射精した後など、ごく限られたシチュエーションに過ぎません。
 

 学生の頃は、寝床に入り、ベッドサイドランプの灯りのもとで本を読みながら心地よいまどろみという時間を大切にしていました。そのことを久しぶりに思い出しました。

 失ったことすら気づかずに失ってしまっていたことにやっと気づく。


※1当直中、二時間後に起こされるのがわかっていながら寝るような空き時間の睡眠では靴を履いたままで寝ることもあります。ERとかでもみんなやってるでしょ。

※2医師の場合は連続36時間勤務とか、普通考えられないようなパターンをとりますが、その間コールがない時間の間寝ることが許されます。

 看護師さんの勤務は全く別の形態です。看護師さんの場合は3交代勤務の場合約10時間、2交代勤務の場合14時間(くらいか?)で、一定時間働けば必ず開放される、という利点はありますが、検温をはじめとするバイタルチェック、頻繁に鳴るナースコールなどのため、勤務中はまず寝られません。そしてそうした不規則な勤務交代がかわるがわる襲ってきますので、ペースをつかむのは大変だと思います。看護師さんもかなり大変だということを強調しておきましょう。




(初稿2002. 改稿2003.2)