医者と時計


医者の風景学

—mono mono シリーズ


 医者の道具には色々ある。その中でも、最も象徴的に使われるものが、聴診器であることはまちがいない。そのほかにもいくつか必要なものがある。

 時計は、そういった必需品の一つであることは間違いないと思うが、ここで、さて、問題。
 時計は何に使うでしょう?


・脈をとる、というのは正解である。10秒間の脈拍数を数えて6倍すると一分あたりの脈拍数が得られる。だが、その回答だけで100点満点ではない(まだ、ある)。  
ちなみに、「絶対に」必要ではない。外来では、自動血圧計に脈拍数が表示されるのでそれで済む。入院患者の回診でも脈の左右差、不整の有無さえわかれば非常に速いか遅いかでない限り、計測はしない場合の方が多い。(看護婦さんの記録を借用)。速いか遅いかは時計無しでもわかる。

 実は、時計にはもう一つ大切な使い方があるのだ。


 それは、患者さんの死に立ち会うときである。呼吸の停止、心停止、対光反射の消失を確認したのち、医者はおもむろに腕時計を見て、「x時x分、ご臨終とさせていただきます」と、死の宣告をする。ドラマでもよく見る光景だ。

 このとき、腕時計がないと大変間の抜けた事態になる。

「対光反射は…と。 なし。 それでは、………、ええと、………、看護婦さん、今何時?時計持ってる?……あ、そう。それではx時x分、ご臨終とさせていただきます」
これではなぁ。家族も鼻白んでしまう。
 これは余談だが、ちなみに今いる病棟のモニターの時計は少し狂っている。
 論外である。

 そんなわけで腕時計は死亡宣告の場合、必ずつけていた方がよい。死亡宣告というのはある種儀式めいたところがあるので、その手順が一つ狂うと威厳が損なわれてしまうのである。


時計が必要な職業


 逆に時計の側から見てみると、仕事上絶対に腕時計が必要な職業って、実は少ないのではないか。時間だけを知りたいのであれば、携帯でも見れば済む。

 いわゆる「高級機械時計」では、レーサー、航空機のパイロット用に開発され、その名前を冠したモデルがいくつかある。ブライトリングなどがよい例だ。
 しかし、いわゆる「クロノグラフ」という、簡単にいえばストップウォッチの様な計時機能を持つモデルはあるが、実際サーキットなどのレースの現場では本物のストップウオッチを使うだろうし、航空機のパイロットなんて全世界に何人いることだろうかと思う。あと、耐圧・防水機構に優れた「高級腕時計」のダイバーズモデルもあるが、何百万もする時計をわざわざダイビングの時に使うのも酔狂なことであると思ったりもする。どうもああいう「高級腕時計」は、現実離れしている。

 腕時計が絶対に必要な職業といえば、医者くらいのものではないだろうか(*)。

 その割に、ドクターズモデルというのは少ない。

(*)
 という話を以前友人としていたらよほど悔しかったと見えて一週間後
「警官」という答えが返ってきた。確かに逮捕の時間とかを宣告する必要があるし、警官には腕時計が絶対に必要かもしれない。過酷な使用環境であるし、耐久性も必要であるう。高性能時計であることが求められるように思える。
 しかし、ポリス仕様というのは聞いたことがない。ドクターズモデルは聞いたことがあるが、官給品なのであまり高価なものは望めないのだろうか。マスプロダクトが前提だろうから。

医者の高価な時計


 医者はいい時計をつけていることが多い。第一には経済的に豊かな為もあるだろうが、上に挙げたような理由もあるのではないかと私は思っている。

 脈をとるためであれば、どのような時計であれ実用に耐えうるが(唯一、秒針がありさえすればよい)、特に死亡宣告では、その『特別な時間を切り取る』ために、ちょっと高級な時計がしっくりする。死亡宣告で、あんまり安っちい時計では、やはり何となく気分的にしまらない。

 ちなみに、ロレックスはあまり向いていない。もちろん、ロレックスは時計としては精度も高いし高性能ないい時計である。だが、あれは知名度が高すぎて「高精度な器械」というイメージよりもまず「お金持ち時計」という印象が先に立つからである。

 ロレックスは、いい時計なんだがゼニの臭いがきつすぎる。

 というわけで、今年私は

 LongineのWEEMSシリーズを購入してみた。15万少々の器械時計である。まぁ、「いい時計」の中では最下層である。僕の周りでは60万のロレックスとか、100万のロレックスとか、30万のオメガとか、50万のカルティエとかそういうのを見てますし。

 そんなことをいって、高い時計を買うんです。医者ってやつは。

 まぁ、ただの言い訳なんですけどね。自分が時計買いたいときの。


でも、おしゃれな時計をしているときに限って、検査の時に血が付いたり、あまつさえ、ウンコさえついちゃったりするものである。