ドン・キホーテ問題:

ドン・キホーテ、医薬品の無償提供開始

 TV電話を利用

 総合ディスカウントチェーンのドン・キホーテ(本社・東京)は1日、六本木や渋谷など都内10店舗で、急な腹痛などで緊急性の高い客に、1晩分の医薬品を無償提供するサービスを始めた。対象は風邪薬や胃腸薬、鎮痛剤など23品目。

8月から深夜に薬剤師が不在となる店舗に限り、テレビ電話で薬剤師が相談に乗った上で医薬品の販売をしてきたが、テレビ電話システムで薬剤師が相談にのったうえで店員が手渡す。同システムを使った医薬品販売に対して、厚生労働省や東京都から「薬事法違反の恐れがある」と指摘されていたため、無償提供に切り替えた。

 厚労省は態度は変えていないが、ドン・キホーテは、システムを活用しつつ規制緩和を促したい考えだ。 (2003/09/01)

 基本的に一連の報道はあくまでドン・キホーテは既存のシステムに風穴を開ける=善、厚生労働省は官僚の牙城=抵抗勢力=悪という視点で一貫して報道されていた。ダイエー社長をモデルにした城山三郎の小説と似たような状況であったわけだが、やはりこの勧善懲悪的な単純な図式では説明できないいろいろを含んでいたのではないか私は思うのだ。
 オバチャン顔の坂口厚生労働大臣はあながち既得権益団体の保護のためだけに待ったをだしたわけではないのだ。
 
確かに一見ドンキホーテの提案したやり方は魅力的に思える(※)。夜間に頭痛や腹痛、風邪で苦しんでいる人間が、気軽に薬を夜買いに行けてそれで症状を抑えることが出来るなら、それでよいのではないか。

 だが、地獄への道は善意で舗装されているという諺もある。あくまで出発点が消費者優位の考え方であっても好ましい結果が得られるとは限らない。
 二つの大きな問題が存在している。
 どのような薬を出すのか、ということと、

 夜、薬を出すというこのやり方がそもそも妥当なのかということである。

(※)もっとも、無償配布の経緯を考えると、気に入らない。有償で当初始めたサービスに役所側から『待った』が掛かったから無償にしたという経緯も納得出来ないし、無償であるということはあくまで「善意」ということになるのだが、その善意でもって薬剤を処方することによって生じる責任を放棄しているだろう。
明らかにドンキホーテは過渡的な政策としてこのやり方を採用しているし、そうやって世論を喚起することによって世論を味方につけようと目論んだフシがある。
 

 対症療法という言葉がある。

 奥に潜む疾患があり、それが体内で様々な反応を引き起こし症状が顕在化する。原因としての「疾患」があり、結果としての「症状」があるのだ。そして、根本的な原因である疾患を治療すれば、その結果として「症状」も消失してゆくのである。

 これが医療関係者の考える疾患のモデルである。治療というのは基本的に「疾患」に対して行われるものなのである。

 このような考え方とは逆に、顕在化する症状をまずとることを志向した考え方もある。これを対症療法といっている。なぜなら、いくら「疾患」がその原因であるからといって、現実に苦しむのは「症状」だからである。たとえば、「貧困」という疾患に見舞われた人間はいつも困っているわけではない。実際に困るのは財布から金を取り出そうとして金がなくて払えない瞬間だ。それと同じだ。

 だから、最初から対症療法を適用するような方法は医療現場ではあまり推奨されない。まずは診断ありき。診断して疾患を特定し、治療をする。診断→治療というのが大原則なのである。

 対症療法を推奨する場合は限定されている。
 1:疾患自体が特定出来ないような場合。全く疾患を同定する手がかりはないのだが、患者さんの苦痛がかなり激しい場合は、疾患の検索を行いながら、とりあえず患者さんの苦痛も取り除くべく、対症療法も併用していかなければならない。
 2:疾患そのものを治す根本的な治療がない場合。たとえば末期癌など、現在の医学でも疾患そのものは治せないような病気は沢山存在している。この場合、兎に角患者さんが直面している苦痛(症状)は取り除かなければならない。

 3:もともとの疾患自体は生体の自然治癒力で勝手に治っていくような場合。例えば風邪など。こうした病気の場合は苦痛をとってやるだけであとは自然に治ってゆく。

 勿論対症療法の多くは原疾患を害することはない。疾患志向であれ、症状志向であれ、ほとんどの病気は治ってゆくのだが、それは残念ながら100%ではないのだ。

 たとえば、腹痛を例に挙げよう。
腹痛はありふれた症状の一つだが、その診断は非常に難しいものなのである。

 自分が消化器領域の内科医であるから余計にそう思うのかもしれないが、腹部触診もしないで薬を出すなんて、医者の僕らでも到底そんなおそろしいことの責任はとれない。

 しかし、感染性腸炎の下痢に止痢剤を出すことは(状態にもよるが)禁忌である可能性が高い。もしO-157だったりしたら一発でアウトだ。O-157などの病原性大腸菌感染の際に止痢剤を用いると、病原菌が体内に遷延し、死亡確率を(けっこう)増大させるのだ。O-157だからって七転八倒の痛みがあるわけではない。碌に問診もせず、診察もしなければ、O-157を普通の食あたりと間違えてしまうのだ。

 患者本人が感じる痛みの強さと疾患の重症度は必ずしも相関しないのだ。たとえば過敏性腸症候群の患者の蠕動痛は端からみていてかなり痛そうだが、これは放っておいても問題はないし、どんな薬を出しても大きな間違いはないだろう。逆に大して痛くなくても重大な病気というものもある。痛みの多寡で、重症度を患者が勝手に判断することは非常に危険である。

 また、対症療法そのものは害を為さなくても、漫然と対症療法を行うことによって、迅速に治療すべき疾患が手遅れになってしまうことだってある。

 たとえば胃の痛みだと思ったら心筋梗塞という場合だってあるし、稀だが腸管膜動脈血栓症だってある。こんな病気であれば発症して待てば待つほど治りが悪い。治りが悪いっていうか、死ぬし、治療後の成績も発症から治療開始時間が短ければ短いほどよいのだ。


 確かに腹痛の9割以上は食べ過ぎとか飲み過ぎとかの取るに足らない状態かもしれない。それなら大きな問題にならないだろう。だが、そういった状態であればわざわざ夜中に薬を買いに行かなくても家でうんうんうなっていれば治る。本当の病気の場合は薬局においてある薬では治らない。絶対に。
 

 市販の医薬品の殆どは対症療法ということを念頭に作られている。疾患そのものを治療する薬はほぼ絶無といってよい。体の異常に対しそのようなアプローチですまそうとするのは危険であるし、医療機関では推奨されていない考え方であるということは一応知っていただきたい。

 夜間にどうしてもそのような薬を売らなければならない必要が、どこにあるのだろうか。

 これは見過ごされていることだが、そもそも市販されている医薬品に含まれている程度の薬効成分で、朝まで待てないような急性症状を緩和することなんて出来はしない。ちゃんと疾患を治療することの出来る薬といえば、ますます少ない。OTCの薬でとれる症状ならはっきり言って飲んでも飲まなくても同じだ。まともに効く薬もなく、触診すら出来ない状態ではまともに診療など出来るはずもない。薬を飲んでも、結局「薬を飲んだ」という自己満足を得るに過ぎないのだ。

 解熱剤・消炎鎮痛剤などは確かに症状緩和作用があるだろうが、安易にこうした薬を使って症状を隠蔽してしまうと本当に医療機関に掛からなければいけない人の受診を遅らせてしまうし、本当によく効く薬は逆に副作用もそれなりに覚悟しなければいけない。そのリスクは誰が負うのか。

 ドンキホーテのやり方は消費者にとっては便利で一見良いシステムの様にも見える。だが、世間に蔓延している「効かない薬をありがたがる体質」を助長するだけではないかとも思えるのである。

 

 そのような重症な患者は端から病院に行くのではないか、薬局にはいかないのではないか、消費者を莫迦にしすぎてはいないか、と皆さんは思われるかもしれない。

 だが、症状の強さと疾患の重症度は必ずしも相関しないとさっき述べたばかりだ。自覚症状だけの判断がいかにあてにならないかということは医者なら痛いほど知っている。

 

 たとえば、責任或る仕事に就いており、昼間の仕事が多忙な方が、「本当は病院に行きたいのだが薬で症状がとれるのなら…」、と市販薬で凌ごうとするケースは今でも実に多いのである。

 それに夜お腹が痛くなったりいろいろ症状があるような時は誰しも心細いものである。多くの人は病院に行き慣れていない。怖い医者が出てくるかもしれない。いろいろ話しをして診断して…というやりとりを考えると確かにうんざりする。僕が患者でもそう思うだろう。

 もしそういった煩雑なやりとりなく、すっと薬がでてくる?夜中でもやってる?
 それならまずはドンキホーテに行って薬で治そうか……

 無理もないと思う。いい話だ。

 ただし、ちゃんと診断し、治る薬が出てくるのであれば。

 診断は対症療法(そもそも薬剤師は診断のトレーニングは受けてない。)

 出てくる薬は効かない薬。

 それをさも『夜間の駆け込み寺』のような錯誤を起こさせ、早期に治療すれば治るであろう患者がドンキホーテに行くことにより貴重な初療時間を浪費してしまうのであれば、やはりこれは害悪といえよう。

 以上の理由で、ドン・キホーテの薬剤無料配布には若手医師として改めて反対の意を表明したい。

 我々だって夜間の診療は出来るだけしたくないのだが、治るはずの病気が放置していたために治らなくなってしまった人を翌朝の外来で見るのはもっといやだ。

それはとっても悲しいことなのだ。
 
「どうされました?」
「す、すごく膝が痛いんです……!は、はやくサメ軟骨から作った薬を下さい…!!」

「どうされました?」
「は、肌がカサカサなんです……、

 は、はやくチョコラBBを… !!」

「どうされました?」
「おなかが痛いんです…」
さぁ、テレビ相談の薬剤師は何を出す?


 ということなんです。頼むから医者に行ってください。

後日記:
 その後、どの分野でもみられる規制緩和の例にもれず、コンビニでも薬品は売られるようになった。副作用の強い解熱鎮痛剤に関しては今回は見送りになったようで、選ばれた品目は確かに、副作用の少ないものが注意深く選ばれている。結果的にはドンキホーテはある種勝利をおさめたともいえるし、コンビニで売られるという点ではある種ドンキホーテの思惑をも越えているわけで、敗北ともいえる。
(Oct.2003初稿 Dec 改稿)