薬について:

 薬については、いろいろ言いたいことがある。
 一般の人と医師の間に認識にかなりの隔たりがあるからだ。

 もっとも、僕も働き始めるまではそうだった。

効く薬と、効かない薬:

 正確にいうと、薬を服用してその結果がダイレクトに反映される薬と、そうでない薬の違いだ。

 例えば、睡眠薬や、下剤などがある。
 これらは内服すれば効果はてきめんに現れる。気管支喘息の発作時に使う薬や、痛み止めの薬などもそうだ。だから、この種の薬は「のめば必ず効く」ので薬の説明がしやすい。

 反対に高血圧・高脂血症などに対するいわゆる「予防薬」は、のんだ効果というのはほとんどわからない。従って、薬を奨めるのが難しいのである。

「飲んでいれば、10年後とか20年後にひょっとしたらあなたが遭遇するかもしれない脳卒中、心筋梗塞などを予防しますよ。いや、全く起こらなくなるわけではありません。起こる確率を減らします。」と説明するしかない。

 「今のままではあなたは心筋梗塞にかかってしまう確率が高い。だけどこの薬を使うとその確率を減らすことができます。」と、考えようによっては随分失礼な話ではないか。「今のままでは…」の確率が20%で、「薬によって減らすことが出来る」確率が10%ってこともよくある。

 だから、これらの薬を、医療不信気味な人に飲ませるのは難しい。その人に対して本当に薬が効くことを証明するのは不可能だからだ。もし本当に薬が効いているのなら、脳卒中や心筋梗塞などは起こらないわけだから。
 それに飲まなくても心筋梗塞が今すぐ起こるわけじゃなし。

Hotに勝てないCool:

 「薬に対して十分な説明をする」というのはもちろん臨床医の義務だ。しかし、こういう類の薬については説明をすればするほど患者が鼻白む結果に陥りやすい。

 確率というものを正確に理解してもらうのは結構むずかしいし、患者に大きな感動を与える効果は少ない。本来これらのデータは”Cool”なものだからだ。

 真実というものは本来Coolなもので、感動を呼ぶものではない。

 「おもいっきりテレビ」や「あるある大辞典」がその逆のいい例である。番組で行われている『実験』は、どうしようもなく不正確だが、情緒的にはHotなのである。だから、人はだまされやすい。

 あの実験は医学研究方法としてはどうしようもなく稚拙である。たかだかサンプル10人程度で割付不完全な実験で有効なデータがとれるわけがない。推論、方法、結論、すべて間違っている。それをさも効いたかのように見せかける態度はフェアーとは言えないが、それは正確さよりも観客に与える「印象」を第一としているからだろう。
そりゃあCoolよりHotの方が人を動かすことが出来る。


外来では:

 「あるある大辞典」や「思いっきりテレビ」はアジテーションに過ぎない。が、ある程度成功しているのが怖ろしいし、迷惑もしている。

 すっかりそういう番組に洗脳されてしまった人達に対して、僕らは「正確だけど、面白くない、しなびたデータ」を基に患者を説得しなきゃならない。正直、「3時間待ち3分診療」に救われている面もある。

 時々、この患者さんは、僕の顔を立てて薬飲んでくれているのかなぁ、と思うときもある。