ボールペン雑感

医者の風景学

文具の話  3



 昔プロパー、今MR。

 MRとはMedical Representativeの略で、簡単に言うと『製薬会社の人』だ。薬の営業さんと考えて頂ければ間違いではないと思う。僕らが薬を使うに際して、この人達のアドバイスとか売り込みがある程度影響を及ぼしたりする。ちなみに昔のプロパーという名称はプロパガンダから来ているらしい。

 

 MRさんは商品を印象づけるためにとかくいろいろなものを我々に呉れる。書類を入れるファイルとか、参考文献だとか。

 そんな中でも一番『定番』なのがボールペンだ。確かに病院内では筆記具をかなり使うので、ボールペンはありがたいのだが、とにかくどこのメーカーもぼんぼんぼんぼんボールペンを呉れるのでペン立てがすぐに一杯になってしまう(もちろんその分は看護婦さんにあげたりするんだけど。)僕はメインに万年筆を使っているのでなおさら要らない。

 おみやげにボールペンって、インディアンやニューギニア高地人やなにかと俺達を勘違いしていないかい?

とMRを困らす私。
 
 だがしかし、研究会に身一つで行った場合、資料についているボールペンのお世話になることは多い。

ボールペンは癒着の象徴か?

 当直中に観ていたある番組を観ていると、「メーカーのボールペンを5本以上胸に挿している医者は製薬会社との癒着が強い」などと抜かす痴れ者がいた。テレビも、僕が観ていない間にトンデモナイ事を言うメディアになっているのだなぁ。と感慨。

※2004年9月28日放映の特番「教えて!先生!」という番組だった。
 うーん、そんな見分け方?

 そうなの? これホント?

 たとえてみれば、「服の襟がソースで汚れている人がいたら、それは関西人である。なぜならお好み焼きとかたこ焼きとか好きだからだ!」というレベルの話ですよ。

 こんな推理したら、名探偵コナン君どころか、そのコナン君の操り人形になっている神谷明演ずるところの探偵のおっさんでも怒りだしますよ。

 非常に納得がいかん話で、あれ、医局やバイト先でもだいぶ話題になっていたなぁ。
 

 研修医とか、よくカルテを主に書いている若い医師にとっては、ボールペンは必需品かつ消耗品である。だから必然的に、もてるだけのボールペンを持ち歩くことになる。

 ドラクエで言えば、「ホイミ」を覚える前には「もちもの」の中が薬草だらけじゃないですか。それと同じこと。多くの研修医のポケットはボールペンでパンパンです。僕も昔カルテをよく書いていた時分は5本以上ポケットにさしていることは珍しくなかった。ちなみにそのうちの二本か三本は、黒色が切れた三色ボールペンだったりするのが普通。黒が一番にインクが切れる。かがんだりするとバラバラと落ちて非常にみっともない思いをしたことも一度ならずであります。

 そんな人達には製薬会社と癒着なんて、したくてもそんな権限はない。本当に製薬会社と「癒着」と言えるような恩恵を受けられるのはもうちょっと年がいってからのことだと思う。そういう先生は、逆に製薬会社の出している消耗品の安ボールペンではなく、舶来製の高級ボールペンや万年筆をこれ見よがしにお洒落に胸に挿していたりすると思うな。僕は。

 たとえばうちのボスなんかは、かっちょいいFaber-Castellのボールペンとかさしてるけど、本当の悪役はああいうのをさしているのだと思う。あ、うちのボスは悪役じゃないですよ。たとえばの話ですよ。もっと話を広げると、たとえばアメリカの高給取りの医師などは、カルテはすべて口述筆記で、秘書さんに書いてもらうんだよ。本人は多分、サインだけ。偉い人ほど、筆記の必要性が薄れるはずです。

 白い巨塔で、財前と里見と、どっちが安ボールペンを胸ポケットにつっこんでいそうなものか、想像すれば簡単ではないでしょうか?

 で、この番組でありますが、おちゃらけて終わったが、このコメントには正直かなり落胆しました。自分の言ったことに責任を持つタイプの人間であれば、こんなこと言えようはずもない。あれを見た人達が大学病院などに受診して、ポケットがボールペンでパンパンな若い医師を見て、どう思うのか、この人は考えたことがあるのだろうか。テレビに出ている医者が碌なものではないというのはうすうす感づいていたが、この番組は、そういう決定的な結論を抱くに十分な素材を提供してくれたと言えよう。結構有名な先生もでていたが、このひどい言をその場で否定しなかった10人は皆同罪だと思う。

 そして、2006年現在の追記であるが、テレビの医療問題番組と称するバッシング番組はさらにひどくなっていて、もはやこのエピソードが可愛らしく思えてしまうくらいの殺伐としたものになってしまっています。

 それにしても、電子カルテの病院ではほとんどといっていいほどボールペンを使わなくなった。
 
 ことほどかようにボールペンなんて貰ってもなぁ…と言っている私だが、あるところにはある、ないところにはないというのがボールペンのマジックなのだ。ボールペンなのにマジックて。
 僕がバイトしている病院は個人の開業医病院なので、そういうところにはMRさんが来ない(医者に会いにこない)。だからボールペンのおみやげがほとんどない。ゆえに病院内ではボールペンが不足している有様である。大した金額ではないが、ボールペンを購入さえしている。まったく、公立病院や大学病院では考えられないことである。