心付け(1):


 今日は、この業界のタブー、心付けについて思い切って書いてみようと思う。
 

 ドラマや漫画ではよく医者に謝礼を渡すという場面がある。廊下でこそっと現金や商品券の入った封筒を渡すというアレだ。

 これこれこういう時の相場だとか、なんでも大教授の執刀するオペではウン十万とか、まことしやかに囁かれたりもする。とはいっても私のこの情報は漫画だとか、週刊なんたらとか、なんたら実話とか、そういう出所の怪しい情報を元にしているのだが。

 んで、患者さん。やっぱりそういうの信じちゃう人がいるわけよ。


 もう治ったかな、っていうくらいの時に妙にそわそわした振る舞いをする人がいる。回診が終わって部屋を出たときに「ちょっと先生…」てな具合に呼び止めるのだ。そして封筒を私に渡そうとするのだ。

 このときのやりとりは本当に困る。

 一応みなさんに確認しておきますが、公立病院ではこういった謝礼は一切合切現金、じゃなくて厳禁!!です。詳しくはわかりませんが公務員の収賄とかに抵触するからです。知ってますよね。常識ですよね。

 (ちなみに「そういう医者の謝礼は禁止されているので、看護婦さんの詰め所にお菓子を持っていくのが良い」というお馬鹿なアドバイスをみたことがあります。が、これも当然禁止です。)

 とにかく、正規の医療費以外の謝礼を受け取るのは厳禁、これは大前提。

 なのに、蛇の道は蛇とばかりに謝礼を渡したがる患者と家族。「厭がっているのは建前だけで本当は欲しがっているんだろう?」とでもいわないばかりのプレスに僕らはほとほと困ってしまいます。






 それでは、綺麗事ばかり言うそういうお前は貰ったことがないのか?
 と問われると、困ります。

 あります。一度や二度ではありません。
 押し切られて、白衣のポケットにねじ込まれたり、ベッドサイドでの診察で手を握ったときに一緒に封筒を握らされたこともあります(このときは患者さんが目が悪かったんで、左手で貰って右手でこっそり枕元に戻しておきました)。

 今僕は、公然の秘密ではあるが公共の場で決して言ってはいけない告白をしました。カトリックの坊さんが姦淫を告白するようなもので、もしこれを読んだ人が私の素性を暴き、弾劾すれば、私は非常に微妙な立場へ追い込まれるでしょう。軽犯罪では済みません。謝礼を貰ったことがあるのを公言するのはこれほど危険な行為なのであります。(*)






 世間のイメージとは逆に謝礼に関しては我々の世代の医師は驚くほど淡泊です。

 その1:仕事が忙しいので、謝礼を貰ってそれに応えたいと思っても、もっといい診療なんてしてあげられない。
 考えてもみて下さい。「A号室のBさんはC円謝礼を貰ったから、ちょっとおまけして検査追加して、DさんはE円だったからこれくらいにして、Fさんは謝礼なしだから薬出すのやめとこ!」 そんなの、めんどくさいじゃん。

 なんてまめな医者か。まめ過ぎ!!

 その2:先ほどの謝礼をねじ込もうとした人なんか、次に回診に行ったら間違いなく同じことの繰り返しですよね。となると足が遠のきます。謝礼=良くないことなので謝礼を呉れる人のところへは足が遠のいちゃうんです。だって、いやだもん。押し問答は面倒くさいので忙しい我々は迷惑するんです。

 ただし、暇な病院のことは知りません。暇な病院の喜んで謝礼を貰う医者に謝礼を渡してその医者なりに頑張ったそれなりの治療を受けるよりは、忙しく大きな病院の、画一的ではあるが近代的な医療を受けた方がよくありませんか?



 ただ、我々の方がいくらそう思っていても、謝礼を呉れる側の老人さん達は、そうではありません。

 これが、現在我々が頭を抱えている問題の一つです。謝礼を出そうとする側と貰う側の間には相当意識の懸隔がある。

 よほど国民皆保険制度になる前の世代の医者が強烈に『教育』したのか、彼らには『医者にはとにかく謝礼をわたさないとまともに診てもらえない』と思いこんでいるフシがあり、とにかくなんとか渡そう渡そうとします。こればっかりはどうしようもありません。僕がこんなインターネット上で言っていても彼らには伝わりませんし(インターネットなんか見やしませんから)。

 こと謝礼の話になると、こちらがびっくりするほど彼らは頑固です。頑迷といってもいい。絶対にこうした謝礼的なものを引っ込めようとはしないのが彼らの世代です。逆にそういった人々は、治療に関しては『すべて先生におまかせします』とか言う比率が非常に高いんですけどね。それも困った話なんですねえ。

 私が今勤務している病院は島根の田舎にあり、農業・漁業などの一次産業が中心の街です。決して豊かなところではなく、年輩の方もとても多いんです。だから決して頻繁ではありませんが、しかしそういう謝礼をくれようとする人が時々います。

 家族が入院すると決して生活が楽でもないし、お金はいくらでも要ると思う。そういう家庭の事情を透かして見ると、それこそ血を吐くような思いでこさえた金(や金券)はいつだって重い。

 一度、地元の商店街の商品券500円券二枚くれた老婦人がいました。年金暮らしでだんなさんと二人で細々と畑仕事をされているそうですが、今回旦那さんが入院で、奥さんもずっと付き添っていて家にもあんまり帰っていない状態でした。疲れ切った奥さんが深々と頭を下げて渡した包みを貰った僕は、なんだか涙がでそうな情けない気分になりました。これは重かった。

 お礼というものは一旦あげると決めた以上絶対に後へは引けないものらしく、誇張ではなく『あらゆる手段を用いて』渡そう渡そうとする熱意(時々狂気にみえることもある)に押され、やはり往々にして受け取る羽目になります。このあたりの断固たる行動と固着した意志は、当事者でなければむしろほれぼれとしてしまうほどの見物なんですけどね。

 やはり戦前世代は総じてそういう謝礼を渡したがる傾向にあります。そういう時代で育ったからなんでしょう。
 当院でも「謝礼禁止」ということは掲示してあるんですが、そんなもの読みやしません。また、若い世代ならその看板を額面通りに読んでくれるんですが、年寄りさんは「ああ、そうかおおっぴらに渡したらいけんのだな」と『翻訳』して、先に述べた様な「ねじ込み行動」へ出るのです。
 
まったく、悲しいことです。

 昔、この人達に「医者へはお金をあげるもの」と刷り込んだやつは誰なんだよう…。多分昔の医者なんだろうけど。


 よぼよぼのおばあちゃんが、なけなし(多分。ごめん。)の懐をはたいて3000円くらいの商品券を包んで渡そうとする姿を見ると、僕はまた暗鬱な気持ちになってしまうのです。 

arrowその2へ続く


(*)
本当に弾劾されてクビになってもつまらないので、一応、保険を掛けておきます。
上に書いたこと、全部ウソ!!。フィクション!!