糖尿と羊羹


—病棟素描


 「先生、お母さんが最近ちょっと調子悪いんです」

 いつもの患者さん。糖尿病のAさんだ。いつも娘さんに連れられてひょこひょことやってくる。

 コントロールが悪く、様々な合併症も出ているのだが、痴呆もあるのかそれとも性格か、家族のいない間に家の置いてある食事を間食してしまう。HbA1cはここ3年間ずっと9%を下回ったことがない。本来ならInsulinのinductionをしたいところだが、家族も昼間不在だったりして頻回のインスリンは出来ないし、低血糖時のサポートも不安だ。そんなこんなの諸事情により、N一回打ちというまったく犯罪的なコントロールなのだが、治療する側としても八方手を尽くしていると言い訳しておく。なにしろ本人にはそもそも糖尿の自覚もまったくない。

 「……先生〜、お腹に水がたまっているような気がするんですぅ……。それに、昨日から肘のところが痒いのぅ」

 「どれどれ」

 お腹に水はたまっていないし、この人は心不全傾向でもあり、たまに末梢の浮腫などが出現するのだが、それもない。肘のところはよくわからないが、何もなさそうだ。
 よくみると体重が少し増えている。少し?……ええと二ヶ月で3kg。これは大変だ。なにしろこの人は40kgしかないのだから。

 「いや〜水がたまっているんじゃないと思うけどね。一応最近やっていないしお腹の超音波をやりましょうね。お家ではどうですか?」
(家人)「そうですね。そんなに変わりないと思うんですけどね。」
 「おしっことかがでにくいとか、ないです?」
 「そういうことは多分ないと思います。」
 「ちょっと体重が増えてんだよねー。どっちかっていうとむしろ食べ過ぎとか、そういう感じもなきにしもあらずなんだけどね。」
 「…そうですねえ、それはちょっとはあるかもしれません」
 「そうそう、この前羊羹一本食べたときにね」
 「おばあちゃん!? あたしそれ、聞いてないよ!?」

 「(ニヤリ)そりゃばあちゃん、羊羹一本食べたら調子悪いがな。
   そら、僕かて調子悪なるわ」
 「いや、だけど一度に食べたわけじゃないもん」
 (娘さん、Aさんの後ろで必死に首を振る)
 「やっぱり甘いもの好き?」
 「好き」
 「食べたのはいつ頃の話?一週間くらい前?」
 「うーん、一昨日かな」
 (……日、特定出来るんやったら、一日で食べとるがな……)

 「しかし、食べてええ悪いはともかく、僕でも羊羹一本は食べれんでぇ。Aさんは胃腸が丈夫だねぇ。食べたあと気持ち悪くなかった?」
 「うん、やっぱりちょっと気持ち悪かった」
 「だろうねー」「ねー」

 「だけど、一日で全部食べたわけじゃないよ」
 「本当ー?」
 「おばあちゃん。私それ知らないよ。どこにあったやつ?」
 「あの、仏間の二番目の引き出しの」
 「あー………アレ……」
 「家族にわからないように、どうやってちょっとずつ食べたの?」
 「うん。みんないないときにね。ちょっとずつだして、ちょっと食べて、また隠して」
 「みんなのいる時にはまた、知らん顔してね、またいない時に、引っ張り出してきてちょっとずつちょっとずつ食べたん」
 「おばあちゃん……」
 「………」

 「………」

 「『大脱走』やな!?」

 ちょっと不謹慎だった。

 『ショーシャンクの空に』にしとけばよかったかしらん。

(Nov,2004 初稿 Oct,2006 改稿)