病歴室:



 日曜日。カルテを調べるために病歴室に篭る。


   病歴室というのはカルテを保存しておく部屋のことである。医療法によれば、受診した患者の診療録=カルテは最低でも5年間は保存されなければいけない。しかしこれは最低限の義務で、5年以上通院している患者さんの場合はそれ以前のカルテも残しておく必要がある。

 また、大学病院というのは病院であると同時に研究機関でもあるのだ。古い診療録の情報は貴重な資料である。おいそれと古いカルテを捨ててしまう訳にもいかない。もっとも大学に限らず、カルテというものは大切な情報な訳で、スペースに余裕があるだけ古いカルテは保存しているところが多い。

 で、大抵どの病院にも古いカルテを保存しておく倉庫のような部屋があるのである。これを病歴室という。

 大抵は患者さんの行かないような場所に、ひっそりと病歴室は存在している。
 
 

 病歴室には独特の閉塞感がある。

 あまり人の出入りしない澱んだ空気、ひんやりとして埃臭い空間。

 重々しい扉を開け、真っ暗な中、手探りで電灯のスイッチを探す。電気をつけても薄暗く、蛍光灯の出すジー……という音が聞こえてくるほど静かである。自分の靴音がやけに気になる。

 そう、これって、図書館の雰囲気とまったく同じなのである。

 確かにこの部屋の持つ機能的な意味は、図書館とまったく同じである。書庫であるのだから。

 ただ、その書類の内容が、癌だとか、人が生きたとか死んだとか、そういう陰惨な現象の集積である。そういう事実がこれらの静謐な雰囲気にある種凄惨な迫力を添えている。

 何年も前の古びた入院カルテがずらりと並んでいる。ここに並んでいる一冊一冊の分、患者さんが病院を訪れ、病気と闘っているのである。天井近くまでぎっしりと並んだその記録の「量」にひるむのは、私だけではあるまい。そして、ここに記録されている人の何人が今も存命なのか……などと考えてしまう。

 そう、病歴室は闘病記録のカタコンベ(地下墓所)なのである。

 そんな中で5時間くらいカルテとにらめっこしていたら、雄叫びをあげたくなってしまった。
 アルタード・ステイツか?

 病歴室は、とにかく静かすぎるのである。

 病歴室は、生者の声をのみこんでしまいそうなほど、静かだ。だからここで長時間作業をすると、なんだか肩の当たりに澱でもたまったかのように、疲れる。


 霊安室や剖検室と違って、生身の肉体がここを訪れることはないので、いわゆる病院七不思議のような、怪奇めいたエピソードには欠けるこの場所だが、医者にとっては陰鬱な場所だ。

(初稿 2003.2.24日記 2004.June改稿)