友人の奇妙な死:


死について 8




 ある日、母と他愛もない世間話をしていたら、
 「あらそうそう、そういえば…」と言って母が話し出したのは小学校時代の同級生の死であった。
 
 まったく、いやみのない奴だった。

 傲慢で、しかし内向的な小学生時代を過ごした僕には友人といえる人間はほとんどいなかったが、その数少ない友人が彼だった。小学校のころの僕は大体において人に気を遣うタイプではなく、まさに自由奔放であったのだが、その私を遮るでもなくそっぽ向くわけでもなく、我慢強く合わせてくれたのが彼だった。

 いよいよ傲慢だった僕は 単に鈍感な奴だなとさえ思っていたのだが、まったくその点が彼の美質であったのだ。


 もし僕が女であったなら彼氏にしたいようなまったりとしたタイプである。

 オフェンス力はないが、ディフェンス力抜群といった感じである。

 医者になってからの話だが、実は亡くなる半年前、彼の家に遊びに行ったことがある。小学校の頃の同級生の家に遊びに行ったのは後にも先にも彼だけである。

 その時の彼は全く小学校の時と変わらず、淡々とニコニコしていたのだ。僕らは別に話すこともなくまったりとした時を過ごし、そして別れた。
 
 堅実に人生を歩み水道局に勤めていた彼は両親と同居していたらしいのだが、ある朝、母親が起こしに行ったら布団の中で冷たくなっていたのだという。
 何の前触れもなく。

 時計が突然動かなくなったかのように。

 すでに死後ということは明らかだが、急いで救急車に乗せて病院に運んだ。病院の方でもどうみても死んでいるのだがなにしろ27歳だ。さぞかし困惑しただろう。事実を否定したいかのように蘇生を試みたそうだがやはり厳然たる事実を確認するだけだったろう。

 死因は結局わからなかったということだ。全く異常がなかったという。役所勤めだからもちろん健康診断もしているわけだし(何しろゴーゴリ『外套』の様な帝政ロシアならともかく、ここは日本なのだ)、死後の所見も異常なく、心臓の不整脈として処理されたという話だ。

 不思議な話だ。


 その家には90歳のおばあさんが居た。
 「きっと死神が間違えたんだよ」
 と、そう思うしかないという風に彼の母親は話したという。


 なんだか切ない、意味がよくわからない死に、冥福を祈るのみだ。
 

 医者になって数年、かなりの枚数の死亡診断書を書いてきた。
 死、そのものに大した意味などないということがわかり始めている私だが、彼のこの死だけは未だに何か意味があるような気がして、僕の心の中にずっとぶらさがっているのだ。