保険をもたない人達:


—ベッドサイドのお話 4




 日本人は国民皆保険制度ということになっていますが、最近20代で社保も国保も持っていない人をたまに見る。


 そういう人に大学病院でお目にかかることはほとんどない。なぜなら大学病院は基本的にはアポなしさんお断りだからである。他の所からの紹介が推奨されるし、初診で大学にかかる場合は2000円から3000円の初診料を別にとられる。保険証がない時点でカルテも作ってもらえないだろう。

 が、バイト先の小さい病院ではそういった人にもお目にかかることがあるのだ。
 
 その若者は二週間前から腹痛とのことだった。

 半年前にも同様の痛みがあり、胃カメラで十二指腸に結構な大きさの潰瘍が見つかった。PPIといわれる胃薬で症状は改善したのだが、症状がとれたらドロップアウトしていたようである。そして半年後またしてもおなかが痛くなってやってきた。

 今回も同様の症状であるし、PPIを出し、ピロリの除菌を勧めようとしたのだが、受付の事務員さんが私に耳打ちをする。カルテの表をみると「自費」区分となっている。

 というわけで通常の治療戦略は一旦中断。

 彼の言い分を訊く。現在仕事には就いているが、結構職を転々としているので(フリーター)社会保険がまだとれないらしい。なんでも、3ヶ月ぐらい定着していないと社保申請が出来ないらしい。国民保険はお金が高いので払えないのだ、と。

 淡々と話す彼には一見して見て取れるアトピー性皮膚炎がある。あまり調子が良くないようで、鱗屑化した皮膚をぽりぽりと掻いてじっと私の方をみたまま、押し黙った。

 確かに国保のお金はそれまで未払い分をすべて払わないと3割負担にならないらしく、彼が今から国保の恩恵を受けるには今すぐ未払い分の50万を払う必要がある。確かにまとまった金を用意するのは難しいかもしれないが、それにしても無頓着過ぎないか。

 我々は医療機関にかかる際に値段を気にすることはあまりない。少なくとも高いから受診をあきらめなければならないという場合はそれほどはないと思う。が、それはあくまで国民のあらまほしき態度に則っているからこそである。

 サラリーマンであれば最低限の社会保障は会社がしてくれる。では、会社員ではなかったら?守ってくれるのは自分だけだ。

 フリーターという就業形態は「自由さ」だけがクローズアップされがちであるが、フリーターとは自分が個人事業主ということを忘れてはいけない。会社という硬い鎧で守られていないのだから、ほんとうは会社員より世の中の仕組みを知っていないといけない。

 しかし残念なことにフリーターをしている人達はサラリーマンよりもそういった社会の仕組みに無自覚であることを余儀なくされている。だから一旦つまづくといとも簡単に社会のセーフティネットをすり抜けて奈落の底へ落ちてゆくのだ。

 自費で払うと、タケプロン15mg2錠二週間分だけでも6000円くらいするのだ。医療保険をつかわなかったら、薬って結構高い。

 驚いたことに半年前の胃カメラ、PPIも自費だったのだ。このときは合計数万円を数回に分けて払っている。そのころも働いてはいたようだが、この半年でまた職を何度か変えたらしい。


 どうして、こんなんなるまで放っておくの?という言葉がのどまで出かかりながら。

 ……君の場合アトピーもあるし国保に入っても必ず元は取れるから、アトピー、しんどいでしょう?そうですね。そうだよ。日本の病院は保険に入っていない人は相手にしてもらえないんだよ(※)、国民皆保険だからね。そうなんですか。それは初耳でした とまじまじと僕を見る。でも、やっぱお金がかかるから…。

 アトピーだって結構ひどいみたいだし、大丈夫?。はい。前はお医者さんにかかってたの?高校の時は行ってましたけどそのころはそんなにひどくなかったんです。今はかかってないです。薬もクロレラしかやってないです。(おい。)季節もあるし…この時期はしょうがないです。……いやクロレラはアトピーの薬じゃないからね。あのやっぱりアトピーが悪化したりするのもこのおなかの方にも原因があるんですか?え?いや?内臓が、やっぱり悪いから皮膚の方にでるんですよね?



 … ま、まぁ、そういうこともあるよね(負けた)。
 

 あれから数ヶ月経った現在であるが、安いH2-RA(ガスターみたいなやつ)にしておけば…といまだに後悔しているのである。前回カメラ所見でOpen-ulcerがあったし、痛そうだったので治りが早いかなと思い、タケプロンを出したのだが、二週間でこなくなってまた再発するのなら、同じ値段でもっと長い日数分を出せるH2-RAにすれば良かったかもしれない。

 でも、腹やぶれたらいくらかかるんだろう。

※医師法上 死にそうな人を見殺しにすることは制度上も倫理上も許されないが、では誰かが肩代わりしてくれるかというと、誰も肩代わりしてくれるわけもなく、気がつくと病院側の持ち出しでうやむやであろう。
 お金を持っている人の自由診療(保険外診療)はもちろん大歓迎されるが、そんな奇特な人はあまりいない。
 

 彼とのやりとりで顕在化した患者の疾病解釈モデルとの齟齬はさておき、決して多くはないが、こういう「無保険者」は確実に増えている。実は僕のクラブの先輩にも居るのを知っている。プロミュージシャンを目指しているのだが…(この人です)
 上記の彼なんてまだよい方で、病気といっても働いているし、これからも多分働ける。それに親と同居しているので最悪の場合はなんとかなるのだ。都会で一人暮らしをしているともっと厳しい。もっと悲惨なシチュエーションはいくらでもある。

 アリとキリギリス。キリギリスのカタストロフを救いたくても救えない我々の憂鬱を何とかしてほしいのである。

 金融広報中央委員会の調査によると、貯蓄のない世帯が20%に達したらしい。我々医療サイドもその辺りを勘案して治療しなければいけない時代になった。


(2003.8.日記初稿 9月改稿)