医局にある漫画:


医者の風景学

—本について



 医者はガリ勉の集団ではない。
 マンガ好きも多い。
 というわけでどこの医局にも誰の所有というわけでもなく、マンガが置かれている。診療の合間とか当直の無沙汰な時間に読むわけである。

 では、どんなマンガが置かれているか?

 というと、これは個々の先生の趣味なので千差万別。

 ただ、「医局に置くのに向いている漫画、向いていない漫画」というのはある。

 向いている条件としては、まず、あまり難しくないこと。

 あまり難解なものは、当直の間の疲弊した脳みそでは理解しにくいから。これは漫画に限らず本も同様である。医局に難解な哲学書などみたこともない。たとえば医者の書いた本でも志賀貢、米山光啓など軟らかめのもの(殆ど流動食といってもいいかもしれない)が読みやすく、推奨される。読みたいかどうかはともかく。

 僕も、かつては気取ってジョルジュ・バタイユとかそういうえらい固い本を読もうと携行したことがあったが、読みながら、ばさりと取り落とすこと、また流涎すること無数で、読めないのに本ばかり汚れていくので止めた。

 それから虚無的な内容が少なく、ポジティブな内容であること。

 努力とかが報われるような展開。

 ……おっ、これではまるで往年の「ジャンプ」ではありませんか。
 

 実際、ジャンプ的な漫画は割と医局には馴染みやすい。

 例えば、今うちの医局には「ドラゴンボール」が全巻置いてある。正直に言うと、三・四十代の人間が読む漫画としてはちょっと幼稚な気がしないでもない。しかし、そういう批判的な視点は抜きにすれば、ドラゴンボールって、読んだ後、「おれももっと勉強しよっと!」という気になるのである。

 これが「銭ゲバ」とか「ナニワ金融道」とかだったら、あんまりそういう気にならないだろう。

 スポ根的な漫画は精神衛生上よい。多分、「スポ根」の「スポ」の部分はともかく「根」の部分に惹かれるところがあるのではないだろうかと思う。共闘感が湧くのである。

 と、いうわけで、元気が出る漫画ベスト3。

3位…ガラスの仮面:
 とにかくそのど根性ぶりが、無茶苦茶勉強する気にさせる。
「無茶な特訓、医者版」ってないもんだろうか。「はい」「いいえ」「すみません」「ありがとう」だけで問診できないものかな?とか…

 ただ、ただただ長い上に、一度読み出したら最後までずるずるといってしまうので、これ読んでるのやめて勉強したら?という気もしないではない。しかも未完なのでいつ読んでも「だぁ〜っ!どないなんねん!」とフラストレーションが溜まる点でポイントダウン。

2位…ドラゴンボール:
 やはり修行シーンというのは重要なファクターなのではないでしょうか。同様の意味でスラムダンクとかもアリでしょう。
同様の線で言うと『はじめの一歩』『634の剣』『帯をギュッとね』などもやや爽やかさを加味し良いかもしれない。

1位…キャプテン

 弱小野球部の話なので、弱小病院に勤めている身としてはしょっぱく切ない。谷口キャプテンに一生ついていきますです。「ダメな俺でも頑張るぞ」という意味では、これほど元気の出る話もない。ちょっとほろ苦いところも、リアルでよい。

 医者の仕事なんて、短期的な成功はあっても、長期的にみれば患者さんはみな死ぬわけであり、いわゆる「成功」というのは醒めた目でみれば「うたかたの夢」である。どんな優れた野球選手も引退と向き合わなければならないように、医師は、死と向き合わなければならない。そうした二面性が医師の仕事にはあり、キャプテンの持つほろ苦さはそうした雰囲気と合っているのかもしれない。「負けても、また頑張るんだ」という気にさせられるから。
 

 では、当直向きでない漫画ベスト3。

3位…レモンハート
当直やめてお酒のみに行きたくなっちゃうから。

2位…楳図かずおの漫画全般
夜暗いところに行くのが怖くなるから。これでは当直になりません。
楳図かずおの漫画の特徴である、論理構成がバラバラで支離滅裂なところも、微妙につらいと思う。病院に来る人には一定の割合で支離滅裂な人がいるわけですが、圧倒的にそういう人は夜に来るから。

1位…銭ゲバ

 人生の意味について考えちゃうから。『ラブリン・モンロー』もそうだが、暗黒面ジョージ秋山の作品は危険だ。浮浪雲(はぐれぐも)くらいだったらまだいいけれども。

番外
サラリーマン金太郎…
医者はやっぱり喧嘩とか、もめ事をしちゃあいけません。
笑うせぇるすまん…
藤子不二雄(A)もモチベーション下がり度が高い。

あんまり、世の中の暗黒な部分を切り取るような作品は、やはり就労意欲を大いに殺ぐと思う。無垢な部分が多い方が精神的負担が少なくて済む。医師の仕事なんて、世の中の悪いところを見ようと思えばいくらでもみられる。逆に、ある程度ポジティブな風に持っていった方がラクだと思う。
 
 では、実際においてある頻度が一番多い漫画といえば…
『美味しんぼ』『ゴルゴ13』『ブラックジャック』でした。

 最大公約数的なもので、一話読み切りのものが好まれるということですね。



 前の病院には引っ越しの際『神の左手悪魔の右手』『おろち』『野球狂の詩』を残していった私です。きっと大層いやがられたことでしょう。


(2002.5初稿)