癌料理:



 癌、ってうまいんだろうか。

 癌組織ってどのような味がするのだろう?手術標本や、剖検立ち会いの時などにいつも思っていた。もちろん僕にはカニバリズム(人肉嗜食)の傾向は全くない。純粋に知的好奇心からである。

 常識で考えれば脂ののった健康な肉の方が、やせて栄養不足の肉よりもおいしいし、すくすくと育った健康なものがおいしい。健康さとその旨さというのは相関しているのではないか。その点癌なんて病気そのものである。ならば当然美味とはいえそうもない。

 だが、病気がいけないというのはドグマに過ぎないのだ。

 たとえば我々があれほど珍重するフォアグラというものは鵞鳥に無理矢理にえさを(くちばしをこじ開けて)食べさせて作るのである。つまり意図的に作り出した脂肪肝なわけで、あれは疾病の固まりを食っているようなものだ(※)。また、鯨の胆石は漢方薬として珍重されているし、非常にまれではあるが「病気」そのものの食材というのは我々の食生活に取り入れられているし、そんじょそこらの新鮮で健康な食材よりも珍重すらされているのである。


 では、今度は組織的な観点から考えてみよう。(この辺は現在病理をされているじっぽさんが得意で私は門外漢なのだが)

 癌細胞の特徴は自律性増殖で、要するに元々秩序だった組織細胞が何らかの理由でたがが外れ、勝手に増殖を始めてしまったものなので、組織構造は喪失し、未分化な細胞が出現する。特に未分化なものほど元々の組織構造が崩れてゆく。おそらく味にもそれは反映されると思う。高分化であれば元々の組織に近く、未分化であれば元々の組織の味から離れてゆくに違いない。

 いわゆる「癌」というのは上皮細胞由来の腫瘍を指す。たとえば、胃、大腸など。腺癌組織であるが、いわゆる焼肉用語で言えば「ホルモン」だ。これらの癌のうち、高分化型はもとの組織の味に近い味がするのだろうが、元々そんなに美味しい部分ではないし、とりたてて欲しいとは思わない。食道や皮膚などの扁平上皮癌はもっと美味しくなさそうだ。肺、腎、これはちょっと食べられないだろう。

 もとの組織の美味しさという点でみればそれはやはり筋肉の部分だろう。横紋筋の腫瘍などが比較的美味しいのかもしれないと思ったりもする。

 では低分化癌はどんな味がするのか。
 低分化であれば発生母地組織によらず似通った味だろうと推測できる。そして未分化なものは無構造で硬性というか髄様というか、ソリッドなものが多いからこりっとしてかなり硬いに違いない。ナイフも通りにくいだろうし、かみ切れないに違いない。

 味はどうか。未分化癌は組織的特徴を失った、つまり幼若化と考えることができる。つまりembryo cellに近い。正常組織のなかでembryo cellに近いのは卵で、卵に近いような味がするのだろうか。

 う〜ん、でもやっぱり苦いようなイメージがある。


 たとえば中国の宮廷料理になかったんだろうか、癌料理。ああいった宮廷料理にはずいぶん贅沢なものもあると聞く。牛一頭を丸焼きにして火の通っていないごくわずかな部分だけを響する、とか。

 5000頭の牛を焦がした藁で育て、成牛を片っ端から捌いてその中に一頭か二頭わずかに存在する癌を料理にする、とか、ないのだろうか?

 民明書房をあたってみなければ。
※ガチョウだかアヒルだかしらないが、じょうごのようなものをくちばしに突っ込んでエサを流し込んでいる映像はやはり気の毒である。このようなことをしている人間に鯨食ったらいかんといわれていると思うとはらわたが煮えくりかえって仕方がない。