緊急雨男:


—ベッドサイドのお話  5

 横浜でDDWという学会があった時の話。

 この学会は消化器領域ではおそらく国内最大規模であるものの一つで、当然のように全国津々浦々から多くの偉い先生方が参加します。高校野球児が甲子園に集うように、全国の消化器専門医が横浜に集結するわけです。当大学においても御多分にもれずで、沢山の先生が参加しました。

 その結果大学に残っているのはわずかなスタッフと僕らのようなヒラ病棟医ばかりという状況。

 そんなわけで、もし緊急で内視鏡を行わなければならない場合には、残存する僕らのような予備兵力も駆り出されることになっていました。(いつもは大学の内視鏡チームは決まっており我々は関与しておりません)。

 上の先生は「大丈夫、大丈夫、事情は話してあるし、できるだけ来ないようにしてあるから。万が一やで。はっはっは。」と、颯爽と去ってゆきました。

 金曜日は僕もその当番の一人になっていました。とはいえ、私、大学では今内視鏡検査をしていないので、内視鏡室の勝手が全然わからないんですよね。どこに何があるかわからない。

 というわけで、呼ばれたらいやだなぁ、と思っていたんですけど、床につくなり午前1時、病院からポケベルが鳴りました。
 吐血。

 万が一、って言ってたのに…

 カメラ自体は僕よりも少し先輩の方が施行しました。ぼくはその人の助さん角さんうっかり八兵衛の役。平たく言えば助手。

 だけど、どこに何があるか、全然わかんない!
 人の家の台所は使いにくい!

    (『動物のお医者さん』ハム輝の母、談)

 結局出血源は大したことなく終わりましたが。

 大学病院ってやつは緊急内視鏡があっても、看護婦さんは当然のように来るはずもなく、カメラをセットして、施行して、終わってカメラを洗って、部屋もきちんと元に戻して終わらなければならないんです。(やったことないけど、もししなかったり、不備があったりしたら「折檻か!?」と思っちゃうくらい責められるらしい)

 まぁそのために僕らが呼ばれてるんだけど。

 その作業に時間がかかり(だってその部屋使うの初めてなんだもん) 、帰ったのは結局午前4時。

 ああ、午前一時頃の診断が決定していないときの緊張感はいいが、検査が終わった後、後かたづけを深夜にするのは、こりゃもうつらい。つらい時間だ。

 もの凄いテンションブルーで、のっさりのっさり後かたづけをしていたら、
 カメラをしたその先輩がぼそりと
やっぱ呼ばれると思っとんたんだよな〜

 え?

「俺、こういうの絶対当たるって決まってるんだよ。いっつもそうなんだよ

……




雨男は先生だったんですね!!


(Oct.2002初稿 2003改稿)