トイレでワシも考えた

—Irritable Bowel Sydromeと私



 僕はすぐお腹が痛くなるたちで、過敏性腸症候群と自己診断している。実際にRome IIの診断基準も満たしているので、器質的疾患(進行癌とかね)の除外ができればほぼ間違いないだろう。ま、こんな体脂肪率に恵まれた潰瘍性大腸炎患者や進行癌患者はいないはずなので、まず間違いありますまい。

 というわけで、月に数度、脂汗が出るほどの腹痛が襲ってくるのである。一度痙攣した腸はすっと鎮静化するわけではないらしく、その後小一時間はトイレの子になってしまう。腸は痙攣を繰り返し、泥状の便を絞り出す。ああ、食事中の方ごめんなさい。

 今までに何度も起こっているし、その後痛みは消えることも知っているので腹痛が来たらただひたすら我慢するしかないのだが、やっぱり痛いもんは痛い。吐き気を感じたり、目の前が真っ暗に(Blackoutってやつですね)なって歩けなくなったり。

 産みの苦しみであるが、何も益するところもない痛みであり(当たり前だ)トイレの中でお腹をパンチしながら涙を流しています。

 痛みを感じているというのは発痛物質が僕の神経終末を刺激しているわけで、無意味かつ頻繁に発痛物質にさらされている自分の神経が時々気の毒に思えてくる。こういった発痛物質ってなんだか長期的には体に悪いような気もするし。

 私がやや諧謔的な性格であるのも、あるいはこういう痛みが原因に過ぎないのかもしれない。
 

 さて、かように腹痛時には悶絶しているのだが、当然そういう時は体も悶え苦しんでいる。とはいえ排便中なので下半身は固定されており、動けるのは上半身である。

 皆さんはお腹が痛いときの排便姿勢、どのようなものだろうか。

 私の場合、主にとる悶絶排便姿勢がある。仮に「サムソン式」とでも名付けよう。

 とりあえず腹が痛いのでややかがみ込んだ姿勢になるが、両腕は大きく開き左右の壁を押し広げるような形で踏ん張っている、というものである。

 小学校の頃、エホバの証人の友達家族がいて、彼らにもらった聖書物語の本が家にあった。子供にもわかりやすく聖書のエピソードを紹介したもので、『十戒』や『ベン・ハー』的な極彩色の写実画が挿絵になっていた。あれも洗脳活動の一環だったんだろうかと懐かしく思い出す。今でも聖書のエピソードというとあの極際写実絵画をセットで思い出すわけだが、そういうお話の一つにサムソンとデリラというものがあった。髪を切られると力を無くしてしまう男の話である。

こんな感じでした。 彼が敵方に捕まえられている場面、そうそう、そういった気分で踏ん張ってます。

 サムソンなだけに、ちょっと玉門に力も入りますでしょうし(失笑)。


 
 もう一つ、『メッカ式』というのもある。
モスレムの方ごめんなさい。

 文字通り、イスラムの平伏礼(スジュード)の様な姿勢になる。とはいってもこの場合床ではなく、前面の壁に対してこのような姿勢をとるわけだが。この姿勢はもうちょっとトイレが狭いときなどに非常に有効だ。また、壁にすがりつくようなやるせない気分を味わうこともできる。


 このように、トイレでは私はいろんな宗派にすがって腹痛の嵐が過ぎ去るのを願っているのである。



 それにしてもたかが排便の説明のためにインターネット上でこれらの画像を探したりする徒労感といったら。もし宇宙人がこんな僕の姿を上空から見ていたら…