免疫「力」


 『あるある大事典』は打ち切られましたが、こういう「健康番組」すべてが見直される兆しは全くなさそうです。

 マイナスイオン、抗酸化、免疫力。ともあれ、こうした商業主義陣営の絶え間ない企業努力によって、こうした用語はコンセンサスを得て、世上に流布していますが、どれも、医学教育で学習する形とはずいぶん違った形であることが少し(いや、かなり)気になるわけです。

 免疫力。

 免疫、というメカニズムは、非常に複雑な生体内のシステムとして間違いなくあります。そして個々人によって免疫という防御力の強さ弱さという違いも、当然あるでしょう。

 こうした学問的集積を受けて、例えば健康番組やサプリメントの宣伝などでは「免疫力」という言葉が使われます。

 が、正直に申しまして、この言葉ほどうさんくさい代物はありません。

 

 医者はあまり声高には主張しませんが、現時点では、個々人の免疫システムの強さ弱さを測る尺度は、ありません。

 免疫系というのは非常に複雑な系です。液性因子(免疫グロブリンとか)や細胞因子(T/B cell,Dendritic cell, NKT cell, macrophageなどのさまざまな細胞)が複雑なネットワークを形成しています。細胞内の話ですが、最近はToll-like receptorなどによるinnate immunityの話も研究が盛んですし、もっというと、我々の皮膚や消化管上皮など物理的なバリアーですら、生体の防御システムの一つであり、これも広義の免疫システムに含んでいいでしょう。

 我々が観測出来るのは、この複雑なシステムの部分部分の要素だけです。確かに免疫学は20世紀中にかなり発達しました。計測しうる色々なパラメーターというのは種々あるわけですけれども、総合的な「免疫のつよさ」というのは測れない。

 

 例えばワールドカップのサッカーチーム。
 どの国がどれくらい強いという、強さの総合力は、数値で表すことは出来るでしょうか?

 ブラジルは多分日本よりも強いことはわかりますが、何倍強い、とか、そういう定量的な評価はできません。では現時点で、ブラジルとイタリアでどちらが強いか、というのもわかりません。

 強さを比べる場合、直接二つのチームを争わせれば、勝った方が強い、ということがわかります。比較したい二つのチームを直接戦わせることが出来ないのであれば、全く同じチームと戦わせて、比較するという手法も可能です。もし統計的な検討が出来る程に試合数nを増やすことができれば、すべてのチームの優劣を数値化することも可能でしょう。これは非常に直接的なやり方ですね。

 ところが、「免疫力」に関しては同様のアプローチをとれません。例えば実際に病原菌(もしくは免疫系に反応するような物質)を体内に入れて、免疫系がそれに対する反応を見る、という手法は、免疫に異常を来しているかもしれない人間にとって、多大なリスクがありますね。医療を受けなければいけないような人にはなんらかの症状があります。症状というのはシステムの破綻(部分的であれ、全体的であれ)を示唆しますから、このようにシステムにpingを打ち込むような手法は、倫理的に許されない。

 

 というわけで、試合をしない状態で選手を評価しないといけない。これはパドックで馬の状態を見るのと同じ様なものですね。

 ま、確かに免疫関係のマーカーというのはあります。白血球分画、Ig分画、補体、各種炎症マーカー。

 これら保険適応のある臨床検査項目に加えて、「免疫力」というものを多少なりとも評価する手段として、いわゆる「疑似健康科学」でよく使われるのが、ナチュラルキラー細胞の活性などです。

 ですが、これらで、現実の免疫「力」というのは判定できないんですよ。

 先ほどの例えでいえば、選手の平均身長を調べるようなものです。

 確かに極端な例、例えば、平均身長が130cmのチームは、これは異常だわね。平均身長が180cmのチームに比べると、総合的な「サッカー力」は多分だいぶ劣ることが予想されます。しかし、では平均身長が175cmのチームと平均身長が180cmのチームを比べると、180cmのチームが常に強い、なんてことは全くないわけですよね。

 チームの強さを、間接的に測る尺度として、例えば、選手の足が速いとか、身長が高いとか。キック力が優れているだとか、選手の可能なリフティング回数だとか。そういった一つ一つの要素を測ることはできますが、それらすべての要素を足しあわせても、「チームとして」の強さ弱さはそれらと別次元の問題です。

 「免疫力」の強さ弱さはチームとしての強さと同レベルの問題です。それは、最先端の免疫学でも完全にはわかっていない。

 個々人の患者さんに対しては、現時点では、要素還元的に一つ一つの検査項目から推測するしかない。これは選手のフィジカルだけでチームの優劣を決定しているようなものです。

 こうしたやり方でも通用するのは、「免疫異常」の病気というのは、こうしたサッカーチームでいえば、選手の平均身長が130cmとか、選手が全員リフティングが全く出来ないとか、50m走が平均で20秒異常かかるとか、明らかにサッカーが成立しないレベルの異常を取り扱っているからです

 

 ではなぜ、ああいう「健康番組」では「免疫力」ということをことさら強調するのでしょうか?

 「免疫力」というのは、現時点では厳密に数値化出来ないものです。従って「免疫力をあがる食品」ということを、言ったとしても、それを実証したり反証する術は、無い、ということ。

 だから、みんな「免疫力」ということを言いたがるわけ。だって、証明出来ないんだから。言いたい放題ですよ。

 それらの食品に「免疫力」が上がる効果がない、と言っているわけではありません。それも実証できない。しかし少なくとも「免疫力があがる」みたいな言い方で宣伝をしている、サプリメント、健康食品は、少なくとも根拠があってそういう言い方をしている訳ではないということです。

(Feb,2007 初稿)