医局が抱える問題

—その2 世間的なバッシングに対する我々の心情的な反論

 前回のまとめ:
基本的に、医者の相互安全保障として医局制度は機能している。医局制度の本質とは医師を本質的に均質に取り扱うことであり、結果的に市場化から医師を守っている。

 ←(その1)では派遣される側からの医局制度の功罪を述べてきたわけだが、功や罪を言う以前に、一つ、厳然たる事実が存在する。

 それは、我々医師は医師以外の人間に人事を決められたくない、ということだ。


たとえば

 話は突然変わる。

 以前、赴任先の病院で夜中に呼び出されて緊急検査をしたことがあった。その病院では内視鏡室所属の看護婦さんが休日も緊急検査があれば来てくれるシステムでスタッフ緊急招集で検査を行ったわけである。僕は病院の隣の官舎に住んでいたのでなんの問題なく病院に到着した。だが、名物内科部長は15km離れた自宅に帰ってしまった後だった。呼び出さなければいけない。これまた酒好きの先生なので、そんな時間には晩酌中なのであった。もちろん運転はできようもない。だが、彼がいないとその検査は始まらないのである。

 結局タクシーでやってきた。たぶん往復で1万以上かかったと思う。(※1)

 検査は終わり、看護婦さん達は引き上げていった。もちろん看護婦さんには時間外手当が付く。時間外に来てもらっているのである。当たり前だ。

 そして我々には当然のように時間外手当は付かない。なぜなら、そう決まっているからだ。内科部長は自腹を切ってタクシーを使ったが、何も手当は付かない。

  我々は病棟で検査後の採血データ確認とか指示だしをするためにもう何時間か待つ必要があった。
 待ち時間の間、僕らは事務当直の部屋で看護婦さんや事務の人と「この間の拘束ってまったくのボランティアなんだぜ。どうにかしてほしいよな〜、俺たちにも時間外手当くらいほしいよ」と愚痴をこぼしていたのである。

 そしたら事務当直は「はっはっは、ご冗談を」とさらりと流しやがった。

 たしかに私も半分冗談で言ったのだが、ちょっとカチンときた。

 少なくともてめぇに言われる覚えはねぇ!

 なぜなら彼らには当直代は当然支払われるし、当直明けの翌日はもちろん休みだからである。こういうことを言われると、やる気ががくんと無くなる。
※1:当然疑問に思うはずであるが、
 車も運転できないほど酔っているのに、なぜ内視鏡はOKなのか…

 結果オーライです。というか、単純に経験の問題で、酔った状態ですら内科部長先生としらふの我々の間には圧倒的な技術の差があるからです。泥酔しているような場合は話は別ですが。

 

 なぜ医者に時間外手当がつかないか。(※2)

 きりがないからである。

 医師の給与体系と時間外労働のシステムは、法律違反の嵐。

 はっきりいってめちゃくちゃだし、それくらいめちゃめちゃに働かないと利潤をあげることはおろか、病院経営を維持することすら難しいのが現状である。

 それだけの時間働きなさい!と明確に(文書で、または口頭で)命令されることはない。だが、クオリティと医業収入を維持するために必要なだけの労働が現場で求められているのは明らかで、我々は結果として「自分の判断で」(これは言い方を変えると、勝手に、ということになる)遅くまで働くことになるのだ。まったく、ちょっとだけ頭が回ると、いつも損をする。

 よい例がこんな内科医ですみませんの文さんで、まったく無茶苦茶な労働を強いられている。労働基準監督署にタレこめば不払い割増賃金を何百万ととることができるだろう。普通の職業であればね。(※3)

 と、いう訳で医師は(少なくともメジャー科の医師は)過大な時間外労働を(暗に)強いられている。それが恒常化しているので我々もそれがあたり前のようになってしまっており、もはや気にならないけれど。

 だけど、その「当たり前」は同じ苦労をしている医者同士での「当たり前」なのであって、その苦労をしていない人間に当たり前呼ばわりされたくはないのだ。

※2:医師に時間外をつけてくれるところもありますし、逆に夜間の緊急内視鏡検査をしても看護婦さんが来てくれない施設もあります。

※3:医師の当直勤務に関しては労働基準法の中で別項を設けて特殊扱いにされているという忌々しい事実もある。それに、医師以外の職種でも非人間的な勤務態勢に関してはあまり遜色ないという事実もある。
 

 「これこれこの施設に行って沢山働きなさいよ」と辞令を出すのが、先輩の医者であるのなら、甘んじてそれを修行として受けましょう。だって、先輩だって同じような苦労をしてきたわけですものね。

 だけど、もし医局制度が解体され、人事が大学で一本化されて、医者としての苦労をしたことがない官僚や公務員が辞令を交付するのであれば、それは一労働者としての筋を通させてもらいますよ。おっしゃる人事に何一つ文句は申しませんが、きちんと労働基準法に従って働かせていただきましょうや。

 医局人事、医局のシステムというのは確かに不透明で、その不透明性こそが裏取引や贈収賄のみならず、医療過誤隠しなどの温床になっていると批判されている。それは確かにもっともだと思う。

 だが、まず普通に働いている我々の勤務実態自体が表には出せないというのも事実なのだ。

 アメリカの医師からみると日本の医療業界はダンピングとすら見なされるかもしれない。現在我々が猛烈に勤務しているのは、わけのわからない精神論に駆り立てられてなのである。我々をそのように駆り立てるのは日本の医療を支えているというささやかなプライドと、皆やっているという横並び意識のあきらめゆえである。

 もし、不透明な医局制度を解体し、オープンな制度のもとで医師の勤務が決められるのであれば、医師の勤務時間は数分の一に減らすことを余儀なくされるだろう。結果として支払うべき給与総額は数倍に跳ね上がる。それが諸外国と同じ普通のレベルである。医者の数だってもっともっと必要になるだろう。今の日本に、その負担に耐えられるかどうか。

 もちろん、そういった普通の勤務時間が保障されるなら、医師一人あたりの給与は下がるだろう。それでも今の非人間的な状況よりはましだね。収入のために医師をやっている人間は医師の中でそれほど多くはないはずであるから。
 

 実はまったく同じ問題が今度始まる臨床研修制度で起こっている。全国レベルで研修医の流れを一本化し、質の充実と安定化を図るというのが目的で始められた制度だが、やはり法律という形で明文化するからには常識的な労働時間や給与を遵守せざるを得ず、一人あたり月額30万弱の予算が充当されるそうな。また、我々のところには研修医に過大に超過勤務をさせるな、学習の意義が薄い雑用はさせるなと通達が来ている。

 さすがに法律というオープンな文書にてあまりに非人間的な条件は策定できるわけもない。だが、結果的にその待遇は現在勤務している指導医の勤務条件と比べてかけ離れすぎているのである。その格差たるや噴飯ものといっていい。円滑な研修の妨げになりうるであろうことは想像に難くない。

 研修医が保護されるのはよいことであるし、批判すべきではないのはよくわかっている。しかし、対する我々には何も救済策もないどころか、むしろ現行の体制を締め付けるような風潮であれば、愚痴の一つも言いたくなるよ。

 今のままでは研修医の待遇が改善される分、我々が割を食うことになる。ゼロサムゲームである。医療関係にこれ以上資源を割けない以上、そうなることは仕方がないのだが。

(2003.Sep 初稿)